ペット 空影 -karakage- 忍者ブログ
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2024/05/08 01:04 |
ココロノうちでの 第1-27話 「彼女の勧め」

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ココロノうちでの 第1-27話 「彼女の勧め」

ココロノうちでの まとめ

 その日の放課後。
 閉門時間ギリギリに、カイは校門を潜った。
 空は鈍色の雲に覆われつつあり、雨が降るのを予期したのか、いつもなら歩道に溜まっている生徒の姿はまばらにしかない。部員たちと別れて帰途についたカイは、そのまま家には帰らず、彼らの視界に入らない地点で進路を変えた。疲れの残る体を引きずりながら、知り合いに見つからないであろう道を選び、目的地にたどり着く。
 そこは、駅から離れた場所にある喫茶店だった。知っている限りでも、カイが子どものころからある個人経営の店だ。今夜はここで、人と待ち合わせをしている。
 カウベルのついた木製の扉を開けると、コーヒーのいい香りと、スピーカーから流れるピアノの音色が出迎えてくれた。モスグリーンのエプロンをつけた店員に「待ち合わせです」と告げると、奥の席へ案内される。
 足を進めながら店内を伺うと、会社帰りなのか、スーツ姿の男性や女性で半分ほどの席が埋まっていた。制服姿は見当たらない。
「すみません。お待たせしました」
 少人数用のボックス席には、すでに待ち合わせの相手が座っていた。お誘いのメールが届いたとき、落ち合うのはこの時間になるだろうと伝えてあったので問題はないが、テーブルに乗ったカップの中身が三分の一ほどになっている――それが何杯目なのかはわからないけれど――ところを見ると、しばらく待たせてしまったようだ。
「お疲れ様。ごめんね、呼び出しちゃって」
 文庫本から顔を上げたその人は、向かいのシートを勧めた。
 カバンを脇に置いて腰を下ろしたカイは、「ご注文、お決まりでしょうか?」という店員の問いに一瞬だけ逡巡してから、「アイスミルクティーで」と応える。向かいの人物が飲んでいたコーヒーを避けた理由は、昼に飲んだばかりということもあるが、おそらく……いや、きっと、この店のものの方が、部室で飲んだものよりも美味しいことに後ろめたさを感じたからだ。幸いにして、ここは紅茶にもハズれがない。
「律儀にも義理立てしちゃうんだね」
 と、こちらの意図を読み取ったように、待ち合わせ相手――学園長は、にんまりと笑う。
「そういうところが間宮くんらしいというか、何というか……。この間はわたしのとこで紅茶飲んで、それには義理立てしてくれないのに」
「それは……日を置いてますから」
 どんな表情をしていいかわからず、「先生たちには、『少し遅くなります』って連絡しておきましたから」とだけ付け足す。遅くなる理由までは説明しなかったが、学園長と会ってきたと言うと、どんなことを話してきたのか聞かれそうなのでやめておいた。前回の会談のことも話しておらず、学園長からも伝えるように言われていない。
「カイくんって、ここで紅茶頼んだことあったっけ」
「何度かは。たまに来てますんで。紅茶も美味しいですよ?」
「なら、今度はそれにしてみよっかな」
 学園長とここで会うのは、これが初めてではなかった。学校から近く、生徒も立ち寄らない場所なので、何かと都合がいいのだ。この時間帯ならば近くの席に客がいることもほとんどなく、店の外から見られることもない。
 学園長室が使えない場合や、本人の気が向いたときは、ここが指定される。年上の女性との密会場所と表現してしまうと羨望の眼差しを向けられるかもしれないが、カイとしては、今度は何を言われるのかと不安が募るばかりだった。
「それで、どう?」
 ミルクティーが届き、カイがそれを一口含んだところで、学園長はそう尋ねてくる。以前、学園長室でされたのと同じ質問だ。この状況で聞かれることは一つしかなく、「先生たちとのことですよね?」と言うと、彼女はますます笑顔になって、
「ちょっと早いけど、同居を始めて一ヶ月になるもんね。そろそろ何かしら進展があったんじゃないかと思って。上への経過報告も兼ねて、聞いておきたいなぁって」
 一ヶ月。もうそんなに経つのか、とカイは感慨深く思う。
 振り返ってみれば、小さな――それでいて大切な出来事は、いくつかあった。ただ、関係がこじれるような大きないさかいはなく、特に問題なくやってこれたはずだ。
 けれど、それは学園長が望む答えではないだろう。
「進展っていう意味では……あまりないかもしれません。すみません」
「えー、でも、今日だってコーヒーサーバーもらったじゃない」
 ミナ先生がお伺いを立てた相手なのだから、知っていて当然か。
「健気だよねぇ、ミナちゃん。ケーキ作りを手伝えなかったからって、『自分だって力になれるんです』ってことをアピールするために、すぐ行動に出ちゃったりして」
 そうではないかと薄々勘付いてはいたが、改めて言葉にされると、やはりどんな反応をすればいいかわからなくなる。顔を覆うように、カイはグラスを持ち上げて、
「けど、それは……進展、なんですかね」
「カイくんはどう思うの? してるって感じる?」
 静かな口調とともに、学園長はカイを見つめる。
「仲良く、っていう表現を年上の人にしていいのかはわかりませんけど、そうしたいとは思います。そうできてるとも、少しは、思います。でも、それを進展って言うのか、それにつながるようなものなのかまでは、まだ……」
「今の生活は楽しい?」
「……たぶん」
 曖昧ではあるが、正直な感想を述べると、学園長は優しく微笑んだ。
「きっと、他の娘たちもそう感じてるんじゃないかな。不安や戸惑いはあるけど、ちょっとずつ、カイくんとの生活が楽しいものなんだって」
「だと……いいんですけど」
「正直に言っちゃうとね、一族の上の方には、一ヶ月も持たないんじゃないかって意見もあったんだよ? なのに続いたじゃない。今すぐ終わりそうな気配もない。それは、終わらせたくないって思いが、ほんの少しだって、あの娘たちにもあるからでしょ? だから自信持って。できれば目に見える形で進展させてほしいっていうのが、上の方の願いでもあるし、わたしの願いでもあるけど、それは焦らず待つことにするから」
 それに、と学園長は続けて、
「カイくんにお願いしなくても、あの娘たちの方から、そうなりたいって思うかもしれないしね」
「……ありますかね、そんなこと」
「だって、カイくんに彼女がいるかどうか、気にしてたみたいだよ? 同居っていう状況を差し引いても、どうでもいい相手なら、そんなこと気にならないでしょ?」
 一瞬、何のことを話しているのか、理解が追いつかなかった。
「して、たんですか……そんな話」
「うん。この間、四人で飲んだときに」
 どういう経緯でその話題になったのだろう。想像がしにくい。学園長なら知っているかもしれないが、彼女から聞き出すのはフェアじゃないと思い直した。
「大丈夫。カイくんに彼女がいないことは調査済みだって、みんなに伝えておいたから。わたしが話さないと、あの娘たちの方からカイくんに聞いたりしなさそうでしょ? ほんとは、カイくんから話してくれるのが一番なんだけど……」
 雨が降り出したのか、ピアノ演奏の合間を縫って、微かに窓を叩く音が聞こえる。その音色に耳を澄ませるように、学園長は目をつぶってカップを傾けてから、
「カイくんって、大事なこと、あんまり話してないみたいなんだもん」
「彼女がいるかどうかは……大事な話、なんですね、この場合」
「そ。大事。さっきも言ったけど、あの娘たちだって不安なんだから。今回は、『彼女がいたらどうしよう』って不安があったわけでしょ? 仲良くしたいと思うなら、カイくんから働きかけて、そういうのを取り除いてあげないと」
「……今日は、そのことで呼ばれたんですか?」
「どうだったかな、忘れちゃった。でも、結果的には、そうなのかも」
 片手で頬杖をついた学園長は、優しげな口調で続ける。
「もちろん、すべてを話す必要なんてない。隠しておきたいことだってあるだろうし。でもね、話してもいいと思ったことや、話さなくちゃいけないと思ったことは、そのタイミングが来たらでいいから話してあげてほしいんだ。カイくんの口から、カイくんの言葉で。差し当たっては……カイくんが、あの広い家で一人暮らしをしてた理由、とかね。それとも、知られちゃうのはイヤ?」
「いえ……いずれは、話しておかなきゃと思ってましたから」
 考えてみれば、自分は一族の秘密を知ってしまっているのだ。それは、あの四人にとって、一番隠しておきたい――話したくても話せないことだっただろう。
 彼女たちに比べれば、自分にまつわる事情など、大したことはない。今まで話さなかったのは、タイミングがつかめなかったのと、自分にその意思がなかったからだ。
 少しずつ、話していこう。そうカイは心に決めた。
 学園長が言うように、すべての事情を打ち明けることはできないけれど。
「遅くなっちゃったね。そろそろ帰らないと、手料理が待ってるんでしょ?」
 今日のところは、自分の役目は終わったと思ったのかもしれない。バッグから折りたたみ傘を取り出した学園長は、伝票を持って立ち上がった。
 先日のような追求がなかったことにほっとしつつも、カイは彼女に対して感謝の念を抱く。なんだかんだ言って、自分たちのことをいつも気にかけてくれる存在だ。おそらく、四人の先生たちにも、同じように接しているのだろう。
「すみません。ごちそうさまです」
「いいの、いいの。それよりカイくん、傘は?」
「持ってます。折りたたみですけど」
 小声で「ミナ先生が、持っていった方がいいって」と付け足すと、学園長は、にこっと笑って、レジへ向かっていった。入り口のドアから見える道は暗く染まっており、糸のように細い雨粒が、休みなく降り続いている。
 学園長が「駅はすぐそこだから平気」と見送りを固辞したので、店の外で別れるこにした。軒先で傘を開きながら、彼女は微笑みとともに告げる。
「さて、晩ご飯を食べずにカイくんの帰りを待っているのは何人でしょう」
 何となく予想はできるが、そのまま答えると負けな気がする。代わりに「今日はありがとうございました。失礼します」と告げると、カイは小走りでその場を後にした。

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2014/04/28 22:47 | Comments(0) | Original

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