ペット 空影 -karakage- 忍者ブログ
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2024/11/22 18:17 |
ココロノうちでの 第1-06話 「はじめての夜」

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ココロノうちでの 第1-06話 「はじめての夜」

ココロノうちでの まとめ

 夕食後。
 カイが離れに引っ込んでしばらく経ったころ、遠慮がちにガラス戸がノックされた。「はい」と声をかけると、ややあって小さく「今、大丈夫?」と返ってくる。
 予想していた人物ではなかったが、声の主はすぐにわかった。
「どうしたんですか?」
 戸を開ければ、そこにはリンが立っている。
 俯き加減に横を向き、こちらと目を合わせようとしない。玄関から回ってきたのか、縁側にあるサンダルではなく、スニーカーを履いていた。
 周囲を見ても、他には誰もいない。一人で来たようだ。
「リン先生?」
 訪ねて来た側が何も言わないので、再度、声をかけると、一度だけ顔を上げてから、躊躇いがちにリンは口を開いた。同時に、静かに腰を折って、
「ごめんなさい」
 謝られる理由が思い当たらないので、こちらが面食らってしまう。
「その……さっきのことなんだけど、」
「さっきって、」
「箸」
「箸? あぁ……」
 取り箸のことだろうか。リン絡みとなると、それしか思い付かない。
「あのとき、露骨にイヤがっちゃったから、それを謝りたくって……」
「はぁ」
 曖昧な返事をする。というか、それしかできない。
 こちらとしては、あのときのリンの行動は当たり前のものに思えた。「直箸でいい」というユウの意見が特殊なだけであって、リンを責めるつもりは毛頭ない。
「あんたがイヤってわけじゃ……ない、こともないけど、あんた個人がイヤってわけじゃなくて、男の人はみんな苦手なのよ。別に、誰だったらいいとか、誰だからイヤとかは関係なくて……。こういう体質だし、慣れてないからどうすればいいかわかんないし、昔っから、大人たちに『男は怖い生き物なんだぞ』って教育されてきたし。別に、言い訳をしに来たわけじゃないけど……とにかく、ごめんなさい」
 男性全般が苦手という気持ちも、リンの境遇からしてみれば頷けるものだ。今夜の一件も、悪気があってのものではなかったのだろう。
 それでも、わざわざ謝りに来てくれた。苦手という男の部屋にまで訪れて。
 その行いに対しては、逆にこちらから礼を述べたくなる。
「ちょ、ちょっと、どこ行くの?」
 だから、カイはその場を離れることにした。
 後ろからリンがついてくるのを確認しつつ、庭を横切っていく。母屋へのルートから少し離れた、以前は使っていたもう一つの物干し台の近く。外にある街灯の明かりはここまで届き、塀まで伸びる雑草の群れが、暗闇に浮かび上がっている。縁側の雨戸は閉まっていないが、廊下やふすまの隙間から、誰かが覗き見ている気配はない。
「いや、男が苦手なら、男の部屋の前に立ってるのもツラいかと思って」
 カイが足を止めたのに合わせて、リンも立ち止まった。彼から距離を開けて、伏せ目がちではあるが、じーっと観察するようにカイを見ている。
「大丈夫ですよ。箸のこと、気にしてませんから」
「なら、いいけど……」
「まぁ、赤の他人同士が生活するんだから、これからもお互いに不平不満は出るでしょうし、あんまり気を遣いすぎても息苦しくなるだけですから、イヤなことはなるべくイヤって言った方がいいと思いす。今回は、その第一歩ということで」
 カイから視線を逸らさず、小さくリンは頷く。どうやら、穏便にこの場を収めることができたようだ。謝られる側なのに安堵を覚えた。
 それは向こうも同じだったららしく、お互いが胸をなで下ろしている間に、一瞬だけ沈黙が訪れる。、会話を続けた方がいいのだろうかと考えていると、「それじゃ」とだけ言って、リンは踵を返した。
「あ、」
 その背中を見て、思い出す。
「風呂場の窓、ちゃんと閉まりますから。立て付け悪くなってますけど」
 ぴたり、とリンは静止した。が、返事はない。
「……閉めますよね? 入るときに、窓」
 聞こえなかったのだろうかと念を押すも、リンはそれに答えず、
「行けって誰かに言われて来たわけじゃないから」
 そう言い残して、足早に玄関へと去っていく。
 呆気に取られたカイは、「お休みなさい」と告げるだけで精一杯だった。
 
 その後、カイが離れに戻ってしばらく経ったころ、再び、遠慮がちにガラス戸がノックされた。おっかなびっくりといった様子で「ご、ごめんなさい。今、大丈夫ですか?」と問いかけてくるのは、先ほどとは違う声。
 戸を開けると、今度はミナが立っていた。彼女はサンダル履きだ。
「さっきのことなんですけど、」
 やはり一人きりで戸の外に立ち、ミナは怖ず怖ずと切り出す。もしかして、と思ったが続く言葉を待っていると、予想通り、夕飯での一件についてだった。
「それだったら、さっきリン先生が来てくれましたよ?」
 リンの話からすると、彼女に限らず、一族の女性の多くは男性に苦手意識を持っているのかもしれない。そう考え、前回と同じ場所にミナを連れて行く。一応、「男の部屋の前じゃ息苦しいかと思って」と説明して。
「そうなんですか?」
 ミナの口ぶりは、リンの到来を知らなかったことを意味していた。
「ええ。そのときに、今夜のことを謝ってくれました」
「そっか……。なら、よかったです」
「ミナ先生は、リン先生の代わりに?」
「そのつもりだったんですけど……。意地っ張りですから、リン」
 ほっと息をついて、ミナは苦笑する。
「けど、足を運んでくれて、ありがとうございました」
「い、いえいえ、迷惑をかけたのはこっちですから」
 ぶんぶんと手の平を振り、その動作が恥ずかしくなったのか下を向き、「そうだ、」と呟いてからミナは顔を上げた。カイの方を向いたまま後ろを指さして、
「雨戸って、閉めた方がいいですか?」
「? あそこのですか?」
「いえ、他のも含めて……。カイ君が一人のときはどうしてたのかなって」
「用心のために閉めておくことが多かったですねね。縁側のところだけは、母屋への出入りに使ってたんで鍵も含めて開けっ放しでしたけど」
「じゃあ……どうしましょうか」
「まぁ、ご随意に。全部閉めちゃっても構いませんし」
 そんなに気にすることかとカイは思うが、ミナは不安そうな顔をしている。リンのときよりも居心地の悪い沈黙が訪れ、いっそ「お休みなさい」の一言で会話を打ち切ってしまおうかと考えていたところ、「それと、」とミナが言葉を継いだ。
「明日の朝、パンでいいって話でしたけど、」
「あ、はい」
「六枚切り、買っちゃったんですよね」
「……はい?」
「八枚切りの方がよかったですか? スーパーで一斤百円のにしたんですけど、このメーカーのじゃなきゃダメだとか、パン屋さんの方がいいとか……」
「俺は別に、何でも……」
「それと、シャワー」
「シャワー?」
「カイくん、お風呂はシャワーだけにするって言ってましたよね? それって、わたしたちが使った後のお湯にカイくんが入ったり、カイくんが入ったお湯にわたしたちが入ったりするのを気にしたんじゃないですか?」
「いや……まぁ、一人暮らししてきたときから、風呂釜は使わずにシャワーばっかりでしたしね。そんなに苦には思いませんよ」
「……でも、」
 上着の裾を掴んで、ミナは俯いてしまう。
 カイとしては、言葉の通り気にすることでもない――そもそもそこまで頓着しないのだが、ミナは納得していないようだ。自分たちや一族の都合でカイの生活に入り込んでしまったことや、諸々の習慣を変えていかざるを得ないこと、その多くは、多数決的にカイの方が女性陣に合わせていることに対して申し訳なく思っているのだろう。
 その気持ちはわかる。しかし、
「ミナ先生、」
「は、はい」
「いいんですよ、適当で」
 なるべく優しく言葉を投げかけると、ぱち、とミナは大きく瞬きをした。
「いちいち気にしてたら、キリがありません。それぞれの生活にズレがあるのは、仕方のないことですから。もし問題が出てきたり、不満がたまるようなら、その都度直していけばいい。それくらいに考える方がいいと思います、気楽にね」
「……いいんでしょうか」
「大丈夫ですよ。俺にしたって、滅多なことじゃ腹を立てたりしません。リン先生にも言いましたけど、どうしてもイヤなことがあったときには素直に『イヤ』って言うようにしますから。言わないってことはイヤじゃないんだなって解釈してください」
「…………」
「それとも、ミナ先生は『全部自分に従え』って怒ったりします?」
「い、いえ、決してそんなことは、」
 ミナは、今度はぶんぶんと首を振り、それがカイの冗談だったと気付くと、照れたように笑った。カイもまた、彼女に笑みを返す。
「なら、雨戸は閉めておきます。朝食は底値の食パンです。お風呂に入りたくなったときは言ってください。掃除をしてから、お湯を張り直しますから」
 小さく「適当でいいんですよね」と呟いてから、ミナはそう告げた。「はい」とカイが答えると、もう一度、ミナは笑顔を浮かべる。
「お休みなさい、ミナ先生」
「お休みなさい」
 二度目のあいさつには、きちんと返事をもらうことができた。

 その後、しばらくすると、またまたガラス戸がノックされた。ただし、今度はあまり遠慮がちではなく、「はい」と答えても、言葉は返ってこない。
 不審に思いながら戸を開けると、立っていたのはサエだった。サンダル履きだ。
「……寝てた?」
「あ、いや……平気です」
 戸惑いつつ返答していると、一歩進み出たサエに、ぽんぽんと肩を叩かれた。突然のことに動揺したが、サエの表情は、心なしか優しいものに見える。
 ひょっとすると、慰めてくれているのかもしれない。「気にするな」と。
「あの、夕食でのことですか?」
「…………(こくり、と頷く)」
「それだったら、さっきリン先生とミナ先生が来てくれましたけど」
「…………(そうなの? と首を傾げる)」
 サエの反応からして、彼女も二人の到来を知らないらしい。
 にしても、予め事情がわかっていないと、サエの行為は意味不明だっただろう。彼女が来てくれたのは嬉しいが、言葉足らずの感は否めない。
 そして、サエの行動は唐突でもあった。
「え?」
 二人と比べて表情は読み取れないものの、やはりこの場から離れた方がいいだろうかと考えていると、いきなり、サエがカイの手首を掴んできた。いつになく強い口調で「……じっとしてて」と言われ、抵抗することもできない。
 されるがままに、サエに誘導される。
 まず、カイの手が触れたのは、彼女の肩。
「…………(不満そうな顔)」
 次に、二の腕。
「…………(まだ不満そうな顔)」
 次に、首筋。
「…………(まだまだ不満そうな顔)」
 理解できない事態に混乱しつつ、カイの心臓はバクバクと高鳴っていた。指先に感じるサエの肌や、文字通り目と鼻の先にある顔、お菓子のような甘い匂い、何より、こんなところを誰かに見られたときのことを考えると、呼吸もままならない。
 いったい、サエに何の目的があるのか。
 懸命に考えている間に、髪の生え際へ手が導かれていく。短めの髪がかきわけられ、僅かに指がうなじに触れ、ぴくり、とサエの体が震える。
 次の瞬間、
「ぽんっ」
 いつもの破裂音とともに、閃光と煙が発生した。
 リンの説明によれば原理は不明で、彼女たちにも周りにも害はないらしいが、この合図のおかげで咄嗟に行動ができる。自由になった手で、カイは目を覆った。
「す、すいません。大丈夫ですか?」
 そうさせたのはサエであるのに、思わず謝ってしまう。
 言葉は返ってこず、散らばった衣類を拾っているような音の後に、ペシペシとすねを叩かれた。その手からは、不満や怒りは感じられない。
 むしろ、感謝だろうか。
 となると、サエは自ら望んで小さくなったことになるのだが。
「も、もういいですか?」
 何も聞こえなくなり、しばし待っても音沙汰がなかったので恐る恐る目を開けると、そこには誰もいなかった。庭へ出て縁側を見やれば、その下に置かれた石――沓脱石に、規定数のサンダルが置かれているのがわかる。
 取り残されたカイは、「お休みなさい」と告げることもできなかった。

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2012/01/10 03:14 | Comments(0) | Original

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