ペット 空影 -karakage- 忍者ブログ
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2024/05/19 22:21 |
ココロノうちでの 第1-10話 「はじめての昼休み」

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ココロノうちでの 第1-10話 「はじめての昼休み」

ココロノうちでの

 四時間目までの授業が終わり、昼休みになった。
 睡魔に耐えきった生徒たちは、チャイムと同時に、我先にと教室から出ていく。この学校にはそう広くはないが学食があり、短い休み時間に部活や委員会に勤しむ生徒も多いので、教室で昼食を広げる者はほとんどいない。
 カイも、大きく伸びをしてから退室した。
 弁当も、コンビニや購買部の袋も持っていない。手ぶらだ。毎日弁当を作っている――と言っても夕飯の残りを詰めているだけ、と本人は言っていたが――ミナからはカイの分も作ろうかという申し出があったが、元々弁当を持参する習慣はなく、万が一にもおかずが同じことを見抜かれる危険性があるため辞退しておいた。学食も、行くとすれば放課後の空いている時間帯くらいで、昼休みにはあまり足が向かない。
 目指す先は、北校舎三階の一室。
 まずは職員室に行き、カギを借りてから渡り廊下を進んでいく。授業と関係のない部屋が多い三階は、主として資料室や部室として使われていた。カイの向かった部屋もそのうちの一つで、扉の上に下げられたフダには「文芸部」とある。
 カイはここの部員だった。
 活動と言えば定期的な部誌の発行くらいで、日頃の集まりはほとんどなく、複数の部を掛け持ちしている部員が多いこともあり、休み時間にここを訪れる者は滅多にいない。人に話せば退屈とも取られかねないが、曲がりなりにも部員として、空き時間にこの部屋を貸し切り状態で使えるのは魅力的だった。こんな弱小文化部にまで部室が与えられているのだから、学園には感謝しないといけないだろう。
 解錠し、ドアを開くと、教室を半分ほどにした部屋が広がっている。文芸部らしく、壁一面には諸先輩方が寄贈してくれた本の詰まった棚が並んでいるが、その他にも、おそよ部活動には関係のない品々が転がっていた。枕やスピーカー、麻雀用のマット、誰が持ち込んだのか電気ポットまである。他の部も含めて部室への立ち入り検査はなく、今まで問題にもならなかったことから、学校側は黙認しているのだろう。
 スイッチで明かりを点けると、カイは、いくつかある一人用のソファーの中から、ほぼ自分専用になっている一つに身を沈めた。気を張っていたからか、普段よりも疲弊感がある。空腹を覚えたが、約束していた昼食はまだ届かない。
 ドアがノックされたのは、それから数分後だった。立ち上がりながら「開いてるぞ」と言うと、一人の男子生徒が体を滑り込ませてくる。タクだ。両手には平べったくカラフルな箱を持ち、手首からはビニール袋を下げている。
 雑多なものが詰め込まれている戸棚から紙皿と紙コップに割り箸――これはカイが持ってきた――を二人分取り出し、小さなテーブルに並べると、向かいのソファーに腰を下ろしたタクは、その中央に箱を乗せた。テーブルからはみ出してしまいそうなほど大きい箱のフタを、恭しく開ける。中から出てきたのは、一枚のピザ。
「ほいよ、レシート」
 財布から割り勘分の代金を出している間に、タクは袋に入っていたコーラをそれぞれのコップに注いだ。さらに二人分のサラダを配れば、用意は完了する。
「それじゃ、いただきまーす」
「いただきます」
 手を合わせて、カイとタクは昼食を食べ始めた。
 当然、ピザは二人が作ったわけではなく、デリバリーしたものだ。出前をしていることを大っぴらにするのはマズいが、使用頻度の少ない裏門で受け取れば、この部屋まで見つからないように運ぶのはそう難しいことではない。
 ただ、ピザは高校生には少々高く、学校の、それも裏門まで届けてくれるのは、融通の利く店員相手でないと難しい。なので、ピザの配達は、タクが顔見知りの店員にお願いできる状況にあり、その人から割引券をもらえるときに限られていた。
 要するに、タクと相手の人物が同居している期間だ。
 その人というのはもちろん女性で、タクと彼女にしてみれば、僅かな時間ながらも秘密の会瀬を楽しんでいるのだろう。彼の事情は理解しているので、カイが口を挟むことはせず、とりあえず、隠れて食べるには絶好の場である部室を提供して、ご相伴に預かることにしている。普段からここで昼食をともにすることはたまにあり、通算すれば、部外者であるタクの方が、他の部員より来室回数は多いのではないだろうか。
 こうした機会は去年からしばしば――現在の相手に限らず、タクと女性はくっついたり離れたりを繰り返しているため断続的になる――あったが、前もっての知らせは決まってなく、今回も、タクから誘いのメールがあったのは今日の休み時間だった。弁当を持参しない理由は、こういうところにもあったりする。ちなみに、授業中に鳴らさなければという条件で、校内にケータイを持ち込んでも問題はない。
 注文はタクに任せており、彼がオーダーしたのはお決まりのサイズだった。育ち盛りの男子高生とは言え、二人だけでは少々キツく、食べ終わるころにはいつも胸焼け気味になるものの、せっかくならとこの大きさにしている。
「あ、そうだ」
 それでも、毒にも薬にもならない雑談をしつつ正円だったピザを半円にし、昼休みも半分ほど経過したところで、カイは言っておかなければならないことを思い出した。ケータイを片手に向かいでチーズと格闘しているタクに目を向け、
「お前、しばらく俺ん家に来ないようにな」
「へいへい、了解」
 タク相手にはこれだけで事足りる。彼自身、叩けばイヤというほどホコリが出る身分なので、相手から言おうとしなければ説明を求めたりはしない。
 来ないように言ったのは先住者がいるためだが、元々、「男の部屋には泊まりたくない」というタクのモットーから、カイ宅へ来るのは他に泊まる場所が見つからないときの、いわば最後の手段なので、あまり問題はないだろう。いつまで続くかはタクにもわからないだろうが、幸いにも現在は宿を確保できている。
 と、そこまで考えて、ふと疑問が浮かんだ。優衣という、いろいろな意味での例外を除けば、タクと付き合いのある女性は年上ばかりだ。そのうちの一人であるピザ屋の知人は大学生と聞いているが、中には、社会人もいるだろう。
 先生たちと同じ、社会人が。
「なぁ、」
「んー?」
「普段どんな話してるんだ? 女の人と」
 あくまで、世間話の一つとして切り出してみた。深刻な相談にはならないよう、軽い口調で。こんなこと、去年は聞きもしなかった。カイの相手があまり雑談を好まなかったこともあるし、次第に、沈黙は苦痛ではなくなっていったから。
 だが、今はそうはいかない。去年とは違って一対一ではない――自分以外にも話し相手がいるため、避けようと思えば会話をせずに済んでしまう。それでは、いつまで経っても打ち解けられないだろう。学校での緊張感は払拭できないにしても、せめて家では極普通に日常会話ができるくらいにはなりたい。
「そうだなぁ……」
 カイからこんな質問が来るとは思わなかったのだろう。意外な、という風にタクは片眉を上げたが、気分を害した様子はなかった。
「改めて考えてみると、大したことは話してないな」
 ケータイを置いて、しばし思案してから、
「今日なにがあったかとか、次の休みはいつになるとか、その日どこに行こうかとか、晩飯とか朝飯は何にしようかとか、テレビ見ながらこの芸人がどうのこうのってダベって……それくらいか。あとは、仕事のグチ聞いたり」
「仕事のグチ……ね」
 さすがにそれをカイが聞いてしまうのは問題がある。
「まぁ、正直くだらねーと思うことはあるし、向こうも思ってるだろうけど、内容じゃなくて会話すること自体が目的なこともあるからな。とりあえず、向こうが話したい空気を出してたらこっちも応じるようしてるだけだ」
 そこまで言うと、「ごっそさん」と言ってタクは会話を締めくくった。「お前にもそういう相手ができたのか?」と聞き返してこないのは、彼の気遣いなのだろう。
 これは世間話なので、礼を言うのは間違っている。カイは心の中で感謝の言葉を告げてから、最後の欠片を口に放り込み、「ごちそうさま」と言った。匂いがこもるのを防ぐのため窓を開け、戸棚から二挺のハサミを取り出して片方をタクに渡す。ピザの箱は折り畳みづらいため、小さく切ってからゴミ袋に入れないといけない。
 二人で箱を刻み、袋に詰め終わると、昼休みも終わり間近になった。どちらが集積場に持っていくかジャンケンをし、負けたのはタク。 
「これが毎度面倒くさいんだよなぁ……」
 ぶつくさ文句を言いながらも、袋を担いだタクは部屋から出て行った。残されたカイも片付けを済ませ、カギをかけてから部室を後にする。
 職員室に向かいつつ、そう言えば、と記憶を探った。去年、タクと知り合った当初はどういう会話をしていただろう。ちょっとした――と言えるのは今だからだが――きっかけで関わり合いになる以前は単なるクラスメートでしかなかったのに、気が付けば、差し向かいで昼食を食べる仲にまでなっている。
 特別な行為や話をした覚えはないが、それはタクが同性であり、同級生だったからだろう。性別や年齢が違うと、そうもいくまい。だとすれば、どの程度かはわからないが、特別なことをしなくてはならなくなる。
 ぶり返してきた緊張感を抱えつつ、カイは足を速めていった。

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2012/08/30 18:05 | Comments(0) | Original

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