ペット 空影 -karakage- 忍者ブログ
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2024/05/20 01:23 |
ココロノうちでの 第1-13話 「彼女の願い」

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ココロノうちでの 第1-13話 「彼女の願い」

ココロノうちでの まとめ

 翌日の放課後。
 カイは、学園の一室を訪れていた。
 北校舎の一階。例の更衣室から少し離れた場所にあるこの部屋は、扉の作りからして他とは趣きが異なっている。頭上にあるプレートに刻まれた文字は、「学園長室」。
『都合がいいときに来てね』
 メールがあったのは、昨晩の夕食後だ。ミナの様子は一昨日までのものに戻り、夕飯は安心して迎えられたものの、それが届いたことで憂鬱感がぶり返してしまった。
 問題は、内容ではなく差出人にある。
 ただ、そうは言っても先延ばしすることはできない。カイは「いつでもいい」旨の返信をし、相手の都合と合わせた結果、少々急だが今日になったのだ。
「は~い」
 ノックをすると、間延びした返事が聞こえてくる。
 中に入る了承を得て扉を開けると、そこは学園の中の別世界だった。一般の教室ほど広くはないが、床や壁には、内外の人間に威光を示すべく重厚な装飾が施されている。部屋の中に漂う空気までもが、廊下とは違って感じられた。
 普通の生徒ならば、一度も訪れないまま三年間を過ごすだろう。停学や退学の通知がここで行われるのかは知らないが、そんな問題を起こす者もほとんどいない。
 しかし、幸か不幸か、カイは「普通」ではなかった。ここに招かれるのは数ヶ月ぶりではあるものの、通算すると片手では数えられない。
「ごめんね、急に呼び出しちゃって」
 何度来ても慣れない雰囲気に気圧されて、閉めた扉の前でカイが突っ立っていると、木目調の大きな机についていた人物が声をかけてきた。見た目も、確か実年齢も、ミナたちよりは上だが、まだまだ「若い」という表現が相応しい女性だ。
 メールの差出人にしてこの部屋の主――学園長。
「飲み物は何にする? 緑茶? コーヒー? それとも紅茶?」
「任せます」
「じゃあ、紅茶で。いま淹れるから、ちょっと待っててね」
 机の前に設けてある応接スペースを勧めてから、学園長は立ち上がった。彼女もまた長身だ。長い髪を揺らしながら、壁際に置かれた棚からティーポットやカップ、茶葉の入った缶を取り出し、紅茶の用意を始める。
 言われた通り、カイはソファー――部室にあるような安物ではなく、革張りの豪奢なものだ――に腰掛けた。見た目に比例して座り心地はいいが、普段は学校外から招かれたお偉方が使っていると思うと、落ち着くに落ち着けない。
「お待たせ。砂糖はいらないんだったよね?」
 しばらくして、トレイを持った学園長がカイの向かいに腰を下ろした。琥珀色の液体が注がれたカップと、「いただきものなんだけど」と、長方形の焼き菓子――フィナンシェと後で聞いた――の乗った皿が、それぞれ差し出される。
「それで、どう?」
 普段はティーバッグで淹れたものかペットボトルでしか飲むことのない紅茶の味を楽しんでいると、単刀直入に学園長は尋ねてきた。どう、というのは、学校生活のことを聞いているのではない。先生たちとの共同生活についてだ。
「まだギクシャクすることはありますけど、何とかやってます」
「お風呂場でバッタリとか、うっかり着替えを覗いちゃうとか、足がもつれて押し倒しちゃうとか、そういうドキドキなイベントは、もうあった?」
「……ありませんよ、そんなの」
「えー、つまんない」
「ドキドキですよ、何もない毎日を送るだけで」
「どうせ若いリビドーを押さえ込んじゃってるんでしょ? もっとカイくんの方から積極的に行かなきゃ。あの娘たちからは期待できないんだし」
「しません。何かあったらあの家から追い出されちゃいます」
 カイの答えに、学園長は不服そうに息をつき、
「まぁ、始まったばっかりとは言え、取り立てて問題になるようなことは起こってないみたいね。最初の内はどうなることかと思ってたけど」
「とりあえずは、どうにかこうにか」
「ミナちゃんと何かあったみたいだけど、昨日のうちに解決したみたいだし」
「……大石先生に聞いたんですか?」
「『ミナ』でしょ? あ、『先生』をつけるようにしたから『ミナ先生』か」
 お互いを名前で呼び合うようになった経緯を彼女が知っているのは当然だ。あの命令書を書き、リンに開封するよう指示したのは学園長なのだから。
 そして、彼女は一族の関係者でもある。
 一族の人間がこの学校に集中しているのは、偶然ではない。教師を志した四人を管理しやすいよう、一カ所に集めたのだ。学園長という、お目付役を配した上で。
 諸々の秘密を知っているのは教職員でも一握りだけで、ましてや生徒には一切知らされていない。一族の人間が働ける場所は限られており、聞くところによると、ここのような管理下に置かれている職場が、他にもいくつかあるという。
「カイくんは知ってるの? あの四人が一族の関心を引いてること」
 学園長はカイの質問に答えず、別の問いを投げかけてきた。
「四人一度はこれまででも珍しいから、ですか?」
「うん。それもあるけど、」
 紅茶を一口含んでから、彼女は、
「ずっと心配されてたの、あの四人」
「心配?」
「子どものころから仲が良かったのは聞いてるでしょ? 幼馴染みというか、竹馬の友というか。もちろんそれはいいことなんだけど、高校生になっても大学生になっても一向に浮いたウワサが持ち上がらなくて。そこに来て選んだ職業が、異性と出会う機会の少ない教師だったから。だんだんと、あの四人はただ仲がいいんじゃなくて……その、特別に仲がいいんじゃないかって疑われるようになっちゃって」
「……呪いは、異性相手にしか効果がありませんからね」
「そんなところに今回の一件があって、あの四人は今、一族中の注目を浴びてるの。期待と不安と、ついでに好奇心とかもない交ぜになってね。逐一状況を報告するよう、監督官であるわたしに上からのお達しがあったんだけど、あの娘たちのことだから、何かあっても照れちゃって教えてくれなさそうでしょ? だから、役目を負ってもらったの。悪い言い方をするならスパイ、いい言い方をするなら連絡係を」
「誰に……ですか?」
 一息ついてから、学園長はその名前を口にする。
「ユウちゃんに。ミナちゃんとのことも、あの娘に教えてもらったの」
「どうして、ユウ先生が」
「それが条件だったから。カイくん……あなたとの関係を続けるための」
 一瞬、カイは息をのんだ。
「本来なら、あなたとの関係は期限切れだった。そこでユウちゃんが考えたのが、あの娘たち三人を巻き込んで、その中に役目を負った自分も混ざること。報告するようなことが何も起こらないようなら、仲を進展させるためにちょっとだけ働きかけるようにも言われたみたい。そうしなければ、あなたの近くにいることは認められなかったから」
「……役目のことまでは、聞いてませんでした」
「知らないフリしてあげてね? ユウちゃんもそれを望んでるから」
 最初の朝、サエとの一件も、そうした計略の一つということだろうか。
 戸惑うカイに対して、学園長の声は、会話が始まってから優しいままだ。
「ほんとはね、あの四人に、お見合いの話が持ち上がってたの」
「それも……初耳です」
「今回のことで、計画は立ち消えになったから。わたしとしては、それでよかったと思ってる。一族側も、すぐにどうこうなることまで期待してなかったんじゃないかな。自覚と危機感を抱かせることができればいいってくらいの考えで。けど、あの娘たちは気負っちゃうかもしれないから。早くどうにかしなくちゃいけないんじゃないかって。そうならなかったのは、たまたまではあるけど、ユウちゃんのおかげ」
 それでも、と学園長は続けて、
「ユウちゃんの責任は消えはしない」
「……俺の責任でもあります」
「なら、言い直す。あなたたち二人の責任は消えはしない。最も、それを責めるのはわたしの役目じゃないし、そのつもりもないけど。ただね、カイくん」
「はい」
 学園長は、カイを見つめた。その瞳には、真摯な思いが宿っている。落ち着いたその声は、大人の女性らしさと、役職に相応しい風格を感じさせた。
「悔いる気持ちだけで、あの娘たちに接しないで。ミナちゃんにも、リンちゃんにも、サエちゃんにも、そして、ユウちゃんにも。できれば、カイくんの心からの気持ちで、あの娘たちと触れ合ってほしい。あの娘たちとの時間を楽しんでほしい。これは、学園長としてでも、一族の人間としてでもなくて、わたし個人からのお願い。あの娘たちのことは小さいころから知ってて、みんな、わたしの妹みたいなものだから」
「……わかりました」
 学園長を見つめ返し、カイは頷いた。
 本当は、わかっていないのかもしれない。学園長の思いも、自分の責任も、彼女たちへの接し方も、何もかも。
 ただ、わかりたいと思った。わからなければいけないと思ったのだ。胸に抱いた感情は衝動となり、気が付けば、カイは肯定の言葉を口にしていた。
「わたしからのお話は、これでお仕舞い。あ、紅茶、冷めちゃったでしょ? もう一杯どう? お茶菓子も食べて。残しても仕方ないし」
「いや、俺は……」
「空気が重くなっちゃったのはわかるけど、もうちょっと付き合ってよ。ね? ユウちゃんからのタレコミは簡潔すぎて、おもしろみがないんだもん。カイくんの口から聞きたいな~。みんなとの生活がどんななのか」
「それは……最初に話したじゃないですか」
「え~。思春期真っ盛りの男子高生が大人の女性と、それも四人といっしょに暮らしてるんだから、もっとこう、いろいろあるでしょ? 実際に行動には移してなくても、胸の奥に秘めた若い情欲とかがさ~。ほらほら~」
 先ほどまでの雰囲気とは打って変わって、学園長はくだけた口調で次々に問いかけてくる。前々からそうだったが、この手の話が大好きらしい。おそらく、根掘り葉掘り聞き出したいところを、真面目な話をするために我慢していたのだろう。
 その枷がなくなった今、学園長の瞳はキラキラと輝いていた。興味をかき立てられるおもちゃを与えられた子どものように。
 立場上、席を立つわけにもいかず、沈黙を保つこともできない。メールを受け取ってから抱いていた憂鬱感は、この展開を予期してのものだったのだ。
 結局、カイは追及の手が休まるまで、学園長室に拘束されるのだった。

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2012/09/28 23:54 | Comments(0) | Original

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