ペット 空影 -karakage- 忍者ブログ
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2024/11/22 18:03 |
ココロノうちでの 第1-14話 「彼女の姿」

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ココロノうちでの 第1-14話 「彼女の姿」

ココロノうちでの まとめ

 週末になった。カイにとっても先生たちにとっても休日だ。
 天候は晴れ。降水確率も低い。
 ミナとユウ、リンの三人は、朝から駅前へ買い出しに行っている。昼食の分も含めた食材や、生活に必要な雑貨の買い足しをしているらしい。
  そしてカイは、残ったサエといっしょに、庭の手入れをすることになった。誰が言い出したのかはわからないが、いつの間にかカイに一任されており、「いくら 何でも一人じゃ……」と弱音を吐いていたところ、当初は買い出し組に参加する予定だったサエが助っ人を申し出てくれたのだ。リンによると、カイの負担を減 らしてあげようという善意ばかりではなく、こうした土いじりが好きなのだという。
 しかし、人手が増えたとは言え、作業は難航するだろう。一人暮らしのころからろくに手入れをしてこなかったため、木も雑草も伸 び放題の状態だ。買い物を終えれば他の人も手伝ってくれると言っていたが、それでも一日では終わるまい。
 植木の剪定なども考えると、いっそ専門の職人さんに来てもらいたいところだが、敷地内に他人を入れるのは危険だ。どこから同居の件が漏れるかわからない。結局、時間がかかってもいいので、自分たちの手でやることになった。
 元々は、放ったらかしにしておいたカイが悪いのだ。先生たちが引っ越してくるまでにも手が回らなかった。近所に住んでいる比良坂姉妹からも常々苦言を呈されており、この機会に片付けてしまおう、という意見に異論はない。
  朝食を済ませたカイとサエは、出かける三人を見送り、ミナに言われた通り帽子を被って仕事に取りかかった。雑草を抜いていくわけだが、所構わず地面を覆っ ているため、とりあえずは景観を向上させるべく、縁側から見える範囲を目標にする。まずは土を柔らかくするため、庭の倉庫から引っ張り出してきたホースで 水をまいてから、それぞれ小さなシャベルを持って根っこごと掘り起こすことにした。
 が、予想はしていたものの、これがなかなかの重労働だ。長時 間、中腰の姿勢を維持するのはキツく、午後が近づくにつれ上昇していく気温は、湿度とともにむき出しの肌をなぶってくる。地面を掘っていくごとに増してい くように思える土と緑の匂いも、普段からかぎ慣れていないカイには、あまり心地いいものではない。
 ゴミ袋に入れられた雑草の量は徐々に増えていくが、視線を上に向ければ、まだまだ完遂には程遠いと思い知らされる。隣を見ると、相方のサエは文字通り黙々と作業を進めているので、手を休めるわけにもいかない。
 それでも、昼食の時間が近づくころ、縁側の真正面だけは体裁が取り繕えるまでになった。そろそろ三人も帰ってくる頃合いだろう。今日は、ミナを休ませるためと、この辺りの店をチェックする意味も兼ねて店屋物を頼む予定だ。
 カイは立ち上がり、曲がっていた腰を伸ばすべく、大きく伸びをした。用意していたタオルで汗を拭い、帽子を取って襟から服の内側に風を送る。
 傍らのサエはと言えば、彼女も立ち上がっていたが、暑さに参った素振りも見せず、じっと地面――物干し台から離れた地点を見つめていた。視線をたどると、その辺り一帯だけが、一辺が数メートルほどの長方形にブロックで仕切られている。
 懐かしい。すっかりその存在を忘れていた。
「あー、母親がガーデニングというか、家庭菜園やってたんですよ。俺は手伝ってただけなんで、母親が処理した後はそのままにしてましたけど」
「……家庭菜園」
「邪魔なら、そのブロックも外しちゃいましょうか?」
 サエはしばし思案してから、フルフルと首を振った。
「まぁ、別に放っておいてもいいんですけど、」
「……やってみたい」
「やるって、家庭菜園をですか?」
 サエは、こくりと頷く。
 聞けば、以前からこういうことをやってみたかったらしい。ただ、以前の住まいはマンションだったので、あまり本格的なことはできなかったのだそうだ。
「……いい?」
「もちろん」
 サエに尋ねられ、カイは大きく首肯する。
「ここはもう、サエ先生の家でもありますしね。先生がしたいようにするのが一番です」
「……ありがと」
「いえいえ」
 母親からは、菜園の後始末について具体的なことは言われていない。このまま潰してしまうよりは、意欲を持ったサエに任せる方が有意義だろう。
「……みんなにも聞いてみる」
「そうですね。了承を得る必要はありますし」
 受け答えをしながらサエの姿を見ていると、ふと、カイの頭に疑問が浮かんだ。先ほど自分の口から出てきた言葉に関してだ。
 したいようにするのが一番です。
「あの、」
「?」
 あえて聞かなくてもいいことかもしれない。だが、サエと二人きりになる機会はあまりないのではないか、こうした状況でないと尋ねることはできないのではないかと考え、思い切って踏み込んでみた。
「どうして、子どもの姿にならないんですか? 最初の内は、自分から進んでなってるみたいだったのに。ここ数日はまったく……」
 カイの質問に、サエは気まずげに俯く。「……だって、」と呟き、やっぱり止めておけばよかったかとカイが後悔しかかるころ、彼女は話を続けた。
「……気味悪がられるかもって言われたから」
「誰に?」
「……リンに」
「俺が、ですか?」
 サエの頷きを見るまでもなく、答えは出ていた。
  リンやサエ――おそらく、一族の人間は誰しもが、自分たちが普通とは違うということを常に意識しているのだろう。これまでの歴史の中で、子どもになった姿 を一族でない人間に嫌悪され、拒絶されてしまう事例もあったのかもしれない。だから、その姿を無闇やたらに見せたくないという感情は理解できる。
 しかし、
「俺なら、大丈夫ですよ」
「…………(小首を傾げている)」
「慣れた……っていうと語弊があるのかもしれませんけど、少なくとも気味悪がるようなことはありません。サエ先生がしたいようにする方がいいんじゃないですか? 子どもの姿でいるのが好きなら、それでいいと思います」
「…………(カイを見つめている)」
「けど、リン先生には他に理由があるのかも、」
 カイが言い終わらない内に、ずいっとサエは体を寄せてきた。その瞳は、キラキラと期待で輝いている。この反応を見るに、サエの側は、子どもになることにも、その姿を見られることにも、あまり嫌悪感を抱いていないらしい。
「……もしかして、またアレやるんですか?」
 こくこくと頷くサエ。
 言い出したのは自分なのだから、拒否もできまい。縁側にサエを待たせ、軍手はしていたが念のため離れの水道で手を洗って引き返す。
「はい、どうぞ」
 目をつぶり、差し出した手首を、サエが握った。
 導かれた先は、彼女のうなじ。
「ぽんっ」
  数日ぶりの破裂音が鳴った後に、衣擦れの音と、走り去っていく足音が聞こえる。目を開ければ、そこにはもうサエの姿はない。彼女に触れたい、あわよくば彼 女のあられもない姿を見たいといった妄想を抱いてこんなことを言い出したのではないか、と疑われるかとも思ったが、どうやらその心配は無用らしい。
 しばらくして、子ども服に着替えたサエが戻ってきた。かかった時間からして、衣服は片付けていなかったようだ。着心地を確かめるように、半袖に半パン、素足という出で立ちで、ちょろちょろと廊下を走ってくる。中身が大人であることはわかっているのに、似合っていると感じずにはいられない。
  午後の作業はどうするのかと尋ねたところ、身振り手振りで、この姿のままやるとアピールしてきた。体の構造的にも体力的にも大人のままの方がはかどるので は、とは思うものの、ぺしぺしと満足げにスネを叩いてくるサエを前にすると、彼女がいいならそれでいいか、と納得させられてしまう。
 ただ、問題 は、胃袋の作りからなのか、彼女たちの間で取り決めがあるのか、食事中は大人の姿に戻ることだ。そのため、三人が帰ってきて出前のソバが届いたところで元 に戻り、食べ終わったら子どもになり、夕食時にはまた大人になり、それが終わるともう一度子どもになるというややこしいことになってしまった。
  今日だけでも都合二回、サエの様子からすると明日以降も彼女のうなじに触れることになるわけだが、役得と脳天気に喜ぶわけにもいかない。食事の席でもお構 いなくサエは子どもの姿にするようせがんでくるため、当然他の三人にも目撃されるわけだ。全員から白い目で見られていた、というのは考えすぎだろうか。
 それでも、自分の提案を取り下げようとは思わなかった。これくらいの協力で、ここでのサエの生活がよりよりものになれば安いものだ。そう思うことにした。

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2012/10/24 17:35 | Comments(0) | Original

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