ペット 空影 -karakage- 忍者ブログ
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2024/05/20 00:23 |
ココロノうちでの 第1-18話 「彼の役割」

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ココロノうちでの 第1-18話 「彼の役割」

ココロノうちでの まとめ

 その週の平日。
 放課後、カイは一人、居間にいた。
 ただし、カイの家ではない。広さ自体はそこまで変わらないものの、床はフローリング張りで、その上に乗っているのは座卓ではなく大きな木目調のテーブル、カイが座っているのも足の長いイスで、表現としては「リビング」の方が相応しい。
 ここは比良坂家だ。
 和美に言われたこともあり、数日後に玲美から連絡を受けて、この家に訪れていた。カイ宅から近いため、一旦帰って私服に着替えている。
 比良坂家のリビングで、カイは自分に課された任務を遂行していた。と言っても、そう難しいことではない。自宅で遊ぶ玲美のお守りをするだけだ。本人は「子どもっぽい」と嫌がっているが、この言い方が最も端的に説明することができる。
 玲美は今年で十歳。彼女が物心つく以前から比良坂家とは交流があり、カイにとっても玲美は妹のような存在だった。向こうも懐いてくれていて、二人で出かければ、事情を知らない人からは本当の兄妹に間違えられるほどだ。
 少し前までは友達が来ていても「遊んで遊んで」とせっついてきたが、さすがに今は周りの目を気にしているのかそうしたことはなくなり、玲美の部屋には入らずにこうしてリビングで待つことにしていた。今日も数人の友人――同学年の女子ばかり――を招いているらしく、二階からは賑やかな声が聞こえてくる。
 カイがこの役目を任せられたのは去年からだ。玲美の両親は共働きで、和美も部活で遅くなることが多く、小学生だけを家に置いておくのは心配ということで、「いてくれるだけでいいから」と母親に頼まれてしまった。昔からよくしてもらっているオバさんの願いを断るわけにはいかず、時間の都合をつけて比良坂家へ通うことにしている。今までにカイの存在が必要になるような事態は起こっていないものの、これでオバさんたちの不安が取り除けるならば、数時間ここにいることぐらい何ということはない。
 さて、玲美が遊び終わるまでの時間のつぶし方だが、その日のカイは、普段の宿題や読書ではなく、一冊の冊子をテーブルの上に広げていた。カイは文芸部の他に演劇部も掛け持ちしており、これは先日の部活動で配られた次回講演の台本だ。
 ただ、カイが目を走らせているのは登場人物のセリフではない。それ以外の場面転換や時間を記した、所謂「柱」と呼ばれる部分だった。
 演劇部には文芸部の後に入ったのだが、自ら進んでというわけではなく、両者を掛け持ちしている知り合いに「講演が近いときだけでいいから」と請われたのだ。玲美のことといい、自分は人から頼まれごとをされやすいタチなのだろうか。
 ともかく、カイは演劇部に入り、依頼された通り講演の間際にだけ顔を出して裏方の手伝いをしてきた。役をもらうことは滅多になく、あったとしても一言二言喋るだけの端役だったが、元々演技をしたいわけではないので、特に不満はない。
 そうして、昨年までは演出に詳しい先輩がいてくれたため、門外漢のカイは指示に従って雑用をこなすだけという楽なポジションに甘んじることができたものの、問題は、その人が部を卒業してしまったことにある。悩ましいことに現在の部員は良くも悪くも演技をすることにしか興味がなく、自然と先輩がこなしていた役目は、その弟子――本来はパートタイマーであるはずのカイが引き受けることになってしまった。
 困っている部員――関わった時間は短くても、カイはその一員だ――を放り出すわけにもいかない。フルタイムとまではいかなくても部に顔を出す機会が多くなったカイは、書き割りなどの舞台セットや小道具のアイディア――まずはその素案となるものを脚本とニラめっこしながら捻り出すことになった。その案を叩き台として部員たちが意見を出し合い、さらにそれをカイがまとめていく。以降は繰り返しだ。例年通り、その後の作業――大道具や小道具の作成、調達は、部員が働き手になってくれる。
 去年までは、経過報告をする相手は監督や脚本といった上役だけで、部員に対しては案がまとまりきってからの事後報告であり、部員側もそれでよしとしていたらしい。要するに、今年からは先輩が一手に引き受けていた役割を全員で分担し、カイはそのまとめ役を担うことになったのだ。
 正直に言えば、「何で自分が」という気持ちがないわけではない。
 しかし、考えてみれば、演劇部に引っ張り込まれたことでタクと知り合い、さらには現在の自分を取り巻く状況のきっかけになったのだ。人生、何が起こるかわからない。半ば押しつけられた役目であっても、やってみれば何かしら得るものがあるかもしれない、と思うことにしている。それに、素人ゆえの脳天気さからかもしれないが、完成を目指してあれこれと考えるのは、なかなかに面白いことだった。
 カイはこれが初仕事になる。彼の負担は先輩と比べるまでもなく小さく、その先輩からは「いつでも頼っていい」と言われているが、だからと言って気は抜けない。緊張感を抱きながら、カイはページをめくっていった。
 脚本は既成のものを使うこともあるが、今回は、例の文芸部にも所属している部員が執筆したオリジナルだ。人数や上演時間の調節しやすいという利点がある一方、お手本がないため、カイの側もオリジナルのアイディアを捻り出さなければならない。しかも、台本には「第一稿」とあり、大筋に変化はない――と思いたい――だろうが、これから改稿を重ねる度にこちらの案も調整をしていくことになる。
 新入生のデビュー講演ということで、部の士気も高い。もちろん初めからそのつもりはないが、後輩のためにも手は抜けないだろう。
 階上から楽しげな声が聞こえてくることを確認しつつ、カイは台本を読み込み、場面や状況と照らし合わせた上で、必要だと思う機材や衣装、小道具、またそれを用意するための方法や材料といった事柄を書き出していった。先輩からのアドバイスもあり、思いついたことを一通り書き残しておく。吟味するのは後からでいい。
 やがて、脚本が単なる文字の羅列にしか感じられなくなり、疲労を自覚したカイは大きく伸びをしながら立ち上がった。家人から許可されているので、すぐ後ろにある冷蔵庫からお茶のペットボトルを、棚の奥からグラスを取り出す。
 テーブルに戻ってノドを潤していると、トタトタと誰かが階段を下りてくる音が聞こえた。足音は一つだけだ。トイレは二階にもあるので、おそらくこちらに用があるのだろうと思っている内に、リビングのドアが開かれた。
 ぴょこんと顔を出したのは、予想通りの人物。
「カイ兄、何やってるの?」
 玲美だった。カイのことを「兄(にい)」と呼ぶのは彼女しかいない。ラフな格好ではあるが、姉と違って髪が長く、全体的に女の子らしい印象を受ける。
「部活。友達はいいのか?」
「うん。順番待ちだから」
 言いながら、玲美はカイの隣に腰掛け、台本を覗き込んだ。
「見てもいい?」
「いいけど、読めるのか?」
「読めるよー。だいたいは、だけど」
 イスの前の方に座り、玲美は足をブラブラさせながら、
「これって、メールで言ってた新しい劇でしょ? カイ兄も何かするの?」
「前みたいに裏方だな」
「観に行ってもいい?」
「んー、どうだろな。今回は校内だけの講演だろうし」
「えー」
 不満げな顔をしているのは、やはり台本に書いてある漢字が読めないことも関係しているのかもしれない。苦笑を隠しながら、カイは「あのな、」と話しかけた。ちょうど、折りを見て言わなければならないと思っていたところだ。
「玲美が友達と遊ぶ場所、今までは俺の家だったときもあるだろ?」
「? うん」
「これからは、玲美の家だけにしてくれないか?」
「……どういうこと?」
「兄ちゃんの家は……その、ちょっと都合が悪くなっちゃったんだ」
「どうして?」
 まさか、真実を打ち明けるわけにもいかない。こちらを見上げてくる悲しそうな顔に怯み、言い訳を口にするのを躊躇っていると、玲美は俯いてしまった。
 小声で、彼女は呟く。
「もしかして、」
「ん?」
「……何でもない」
「こっちにないゲーム機なら、来るときに持ってくるからさ」
「うん……」
 生返事をしただけで、玲美は顔を上げようとしない。先日の和美の言葉を思い出し、カイはなるべく優しい声で続けた。
「玲美のことが迷惑になったわけじゃないからな? しばらく来れなかったのも、メールで言ったように予定が合わなかっただけなんだ」
「…………」
「俺の家は……前から思ってたんだ。玲美も友達も、もう十歳になるんだから、一人暮らしの男の家にほいほい上がり込むのはマズいんじゃないかって」
 これはウソではなかった。年が離れているとは言え、男と女だ。こういうことは年長者が気を付けなければならない。それに、玲美が遊ぶのは母屋だが、近くの離れには、これから多感な時期に入る女性の目に触れさせたくないものも少しはある。
 しかし、秘密を抱えていることに変わりはない。自分との関係が悪くなるのを憂いてくれる玲美に対して、カイは心の中で「ごめん」と謝った。
「……ほんとに?」
 辛抱強く玲美が反応してくれるのを待っていると、しばらくして彼女はおずおずとこちらに顔を向けた。不安そうな表情でカイを見つめて、
「ほんとに、迷惑じゃない?」
「ほんとだ。もし玲美の面倒を見るのがイヤになったとしたら、学校が忙しくなったからとか、もうこの年になったら玲美だけでも大丈夫だからとか、いくらでも言い訳のしようがあるだろ? そんなことを言わないってことは、」
「……うん」
「わかってくれたか?」
「うん」
 笑顔とともに、玲美は頷く。
 その表情のままカイの方に体を寄せると、聞き入れたご褒美という意味なのか、「なでて、なでて」というオーラを出してきた。「お守り」という表現を嫌う玲美の中には、こうした子どもっぽい一面もまた存在している。
 わざとワシワシと乱暴になでてやると、「きゃーっ」と叫びながら、玲美は嬉しそうに笑った。どうやら、無事に納得してくれたらしい。
「ね、カイ兄」
「ん?」
「代わりっていうわけじゃないんだけど、また作ってくれる? お菓子。うちのオーブン使うなら、お母さんに頼んでみるから」
「お望みとあらば」
「約束だからね。楽しみにしてるから」
 玲美が乱れた髪を整えていると、階上から「玲美ちゃーん」と声がかかった。「いま行くー」と返事をした彼女は、カイの腕をぽんと叩いて、
「頑張ってね」
 そう告げて去っていった。足音が上がっていき、再び大きくなる女の子たちの声。
 それを聞きながら、カイは台本に向き直り、作業を再開した。

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2012/12/06 19:40 | Comments(0) | Original

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