ペット 空影 -karakage- 忍者ブログ
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2024/05/13 10:58 |
ココロノうちでの 第1-26話 「彼女の提供」

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ココロノうちでの 第1-26話 「彼女の提供」

ココロノうちでの まとめ

 休み明けの月曜日。
 昼休みの部室で、カイは昼食を取っていた。
 タクはいないが、元々、来ない日の方が多いのだから気にはならない。大方、休み時間が終わるまで、どこかの女性に電話でもかけているのだろう。
 早いもので、暦はすでに六月になっている。今月中には前期の中間試験だ。
 状況が状況だけに、万が一にも赤点を取るわけにはいかず、カイは購買部で買ったパンを咀嚼しながら、もう片方の手で教科書を持っていた。しばらくの間は放課後の部活が忙しく、勉強時間はなかなか持てない。試験の一週間前には準備のためという名目ですべての部が休みになるとは言え、短い昼休みも無駄にはできなかった。
「食べるか勉強するか、どっちかにすれば?」
 が、室内にいるもう一人の人物には、そうした危機感はないらしい。
 カイの斜め前には、メガネをかけた女子生徒が座っていた。パイプイスに腰掛けているが、わざわざ部屋の奥から引っ張り出してきたらしい。
「行儀が悪い、か? 気になるようならやめるが」
「別に。それで頭に入るのかと思っただけ」
「……まぁ、一応は」
「そう」
 感情を感じさせない、そっけない声。向こうから話しかけて来たのに、こちらの答えに興味があるわけではないようだ。単なる気まぐれかもしれない。
 教科書越しに見ると、彼女はこちらに視線を向ける様子もなかった。時折、耳にかかる髪をかき上げつつ、開いた文庫本に目を落としている。膝の上には数冊の本が積まれており、どれを読もうか吟味しているようだ。いずれもこの部屋に保管されているもので、ということは、学校の図書室にはないのだろう。
 テスト前に余裕の態度だったが、「そっちは勉強しなくていいのか?」などと聞きはしない。和美ほどではなくても、そこそこ長い付き合いなので、彼女が学校のテストに苦労するような頭の持ち主でないことは知っていた。
 女子生徒の名前は浅見朱里(しゅり)。カイとは違うクラスだが、文芸部としても、演劇部としても部員仲間だった。カイを演劇部へと誘ったのも彼女だ。
 部員なのだから、朱里が部室へ来ることは問題ない。
 が、問題がないことが、現時点では問題だった。
 カイがここへ来たのは、四時間目終了直後、購買部へ寄ってからだ。その時点ですでに朱里がいた。昼ご飯を食べた様子はないから、もう済ませたのだろうか。
 カイが彼女の存在を気にしているのには訳がある。別の人物と、ここで待ち合わせをしているのだ。タクがいても適当に追い払えるため、校内で安全に落ち合える場所だと思っていたのに、今日に限って、普段は滅多に顔を出さない先客がいた。
 かと言って、追い出すこともできない。そんなことをすれば怪しまれてしまう。しばらく様子を伺ってみても朱里が立ち上がる様子はなく、こうなっては仕方がないと、昼食を終えたカイは諦めて教科書をめくっていた。

 ドアがノックされたのは、それから数分後だ。待ち人来たる。
 朱里は反応を示さず、立ち上がったカイの応答を待って、ドアが開かれた。そこに立っていたのは、頬を上気させたミナ。手には、大きめの紙袋を持っている。
「ごめんなさい。生徒に誘われて昼食に行ったんですけど、学食が混んでて……」
 早口にそこまで言ってから、ようやくカイ以外の人物がいることに気付いたようだ。後ろ手で扉を閉めつつ「えっと……」と口ごもり、戸惑った視線をカイに向ける。カイにも予想外だったのだから、ミナが朱里の到来を察知しているわけもない。
「そっちも、ご相伴にあずかるか?」
 申し訳ないがミナへの応対は後回しにして、気まずくなりかけた空気を打開すべく、カイは朱里に話しかけた。が、なおも彼女は文庫本を注視している。
 朱里が応えたのは、たっぷりと三十秒ほどしてから。
「なるほどね」
 一言だけそう呟くと、ぱたりと本を閉じ、彼女は立ち上がった。抱えていた本を本棚に戻してから、残した一冊をカイに掲げてみせる。
「これ、借りてくから」
「……俺に断らなくていいっての」
 イスを片付けた朱里は、そのままドアへ向かった。慌てて跳び退ったミナの脇を抜け、「あ、あの……」と呼び止めようとする彼女に、会釈をしつつ告げる。
「お邪魔みたいですから、私は失礼します」
 その言葉を真に受けてしまったのだろう、「じゃ、邪魔だなんて……」とミナは狼狽えるが、朱里の性格を知っているカイは、「やれやれ」と思うだけだった。このタイミングで退出しようとするのは、単純に自分の用が済んだからだ。今のセリフにも深い意味はなく、とりあえずこちらをからかおうとしているに過ぎない。
 その証拠に、振り向いた朱里は、冗談めかしていつもの呼び名を口にした。
「それじゃ、また放課後にね、『ショウネン』」
「そっちこそな、『ハカセ』」
 冗談には冗談で返すと、それまで感情が伺えなかった顔に、やっと微笑のようなものが浮かぶ。一瞬だけその表情を見せて、朱里は部屋から出て行った。
「ま、間宮くん……?」
 一方、朱里との接点があまりないミナは、思考が追いつかずに混乱しているようだ。おそらく、朱里の思惑通りに。どうも自分の周りにいるメガネの女性は、厄介な性格の持ち主ばかりだな、とカイは密かに思う。
「気にしなくていいですよ。あいつなりのジョークですから」
 ただ、考えようによっては、居合わせたのが朱里でよかったかもしれない。陰で彼女からイジられたとしても、周りに言いふらされることはないだろう。
「でも……」
「一応、先生がここに来た理由は説明しときます。まぁ、こっちに事情があるから後ろめたく思うだけで、落ち合うこと自体はおかしくないはずですけど」
「お任せしても……いいですか?」
「ええ。浅見が来てる時点で連絡すればよかったんですけどね。手段がなかったんで」
 カイがソファーを勧めると、ひとまず納得してくれたらしく、ミナは腰を下ろした。座り直したカイの前で、紙袋をテーブルに乗せ、中身を取り出していく。
 出てきたのは、サーバーやドリッパー、ペーパーフィルターなどの、コーヒーを淹れるための用具一式。すべてミナが家から持ってきたものだ。
「すみません、持ってきてもらっちゃって」
「いえ、量があるだけで、そんなに重くありませんから」
 ミナはこれを、文芸部室に提供してくれるという。
 彼女から申し出があったのは、昨日の夜だった。夕飯を終え、カイが作ったケーキを先生たちに食べてもらって感想を頂戴した後――幸いにも、なかなか好評だった――、離れへ行こうとしたカイをミナが呼び止めたのだ。
 何でも、他の人がコーヒーメーカーを持ってきていて、一台あれば十分なため、自分の使っていたものは用済みになってしまったらしい。そこで、もし迷惑でなければ、カイがもらってくれないかということだった。
『捨てるのも何ですし、仕舞っておいてもそのままになるかと思って……。あ、綺麗に使ってたから、どこも壊れてませんよ? ちゃんと洗ってお渡しますし』
 ミナからの説明を聞くまでもなく、カイに断る理由はなかった。
 ただ、やはり家ではコーヒーメーカーを使わせてもらえば事足りるため、代わりに部室へ置くことになったのだ。新しく買ったものではなく、使わなくなった私物を提供してくれるだけなのだから、出所がバレても問題にはならないだろう。それでも念のため、ミナは前もって連絡を取り、上司に許可を得ているという。
 ちなみに、昨夜の時点で受け渡しをせず、昼休みになったら部室まで持っていくと提言したのも彼女だった。生徒が教室に紙袋を、それも授業とは関係のないものを置いておくと目立ってしまうと考えたのかもしれない。
「使い方はわかりますか?」
「何となくは。使っているところを見たことがあるんで」
 ひとまずは人目に触れないよう、皿などと同じ棚に入れておこうかと考えていると、ミナは「これもどうぞ」と、紙袋に残されていたものを差し出してきた。筆箱ほどの大きさの、コーヒー豆のビンだ。封は開いているが、まだ半分以上入っている。
「コーヒーメーカーをみんなで使おうって決めたとき、お金を出し合って、ちょっといい豆を買うことにしたんです。なので、使いかけで申し訳ないんですけど、よかったらこちらもと思って……。あ、安いって言っても、ちゃんと美味しい豆ですよ? 開けてから日にちも経ってませんし、もう挽いてあるタイプなので、お湯を注ぐだけでいいですから」
 ミナは余りものをあげることに対して恐縮しているようだったが、カイとしては、彼女の心遣いが感じられて嬉しかった。新品だと、こちらが遠慮すると思ったのだろう。使いかけの方が餞別にはちょうどいい。これでしばらくは買う手間が省けるし、そもそも選び方がわからないから、この豆を参考にしてもいいかもしれない。
「ありがとうございます、何から何まで」
「い、いえ、これくらいのことなら……」
「そうだ。先生、時間ってまだ大丈夫ですか?」
 時計を見ると、昼休みが終わるまで間があった。
「練習がてら、いま淹れてみようと思って。よかったら飲んでいってください」
「いいんですか? じゃあ、お言葉に甘えちゃいます」
 カイは、元からある電気ポットを抱えて部屋を出た。水までこだわることはできず、廊下にある蛇口から水道水を汲んで引き返す。
 部屋へ戻ると、ミナは先ほどと同じ姿勢で待っていた。背筋を伸ばし、両手は行儀良く膝の上に置いている。密かに緊張しているのかもしれない。
 ポットをコンセントにつなぎ、お湯が沸くのを待っている間、カイは準備を進めた。サーバーにドリップを乗せ、セットしたフィルターに豆を入れる。時間もないので、一杯分だけ。カップは常備してあり、ついでに、スプーンやスティックシュガー、コーヒーフレッシュもあるのだが、せっかくなのでブラックでいただくことにする。
 お湯が沸き、一旦取り外したサーバーを温めてから、やはりミナの持ってきてくれた計量カップにお湯を入れてドリッパーへ。ミナにアドバイスをもらいつつ、まずは細く注ぎ入れて豆を湿らせ、しばらく待ってから、今度はゆっくりと回し入れる。豆が泡立ち、ポタポタとフィルターの下から液体が染み出してきた。
 次第に、コーヒーの醍醐味である、香ばしい匂いが漂い始める。
「何回か回し入れたら、少し多めにお湯を注いでも大丈夫です。ある程度お湯がなくなるのを待って、後はそれを繰り返していけば……」
 言われた通りにお湯を注いでいくと、僅か数センチではあるが、サーバーにコーヒーが溜まった。温めておいたカップに分け、二人はそれぞれ口をつける。
「おぉ、美味しい」
 飲むというより、すするほどしか量はないが、それでもコーヒーらしい苦みと酸味を味わうことができた。初めてにしては、なかなかの出来ではないだろうか。ミナの方を見ると、彼女も笑って頷いてくれる。
「後は、個人の好みもありますから、いろいろと試してみてください」
「わかりました。ちなみに、大石先生のお好みは?」
「んー、わりと、その日の気分で変わっちゃいますけど……。濃い目のブラックも好きですし、ミルクをたっぷり入れることもありますし」
「そう言えば、昨日の紅茶にはミルク多めに入れてましたね」
 昨日というのは、五人でケーキを食べたときだ。あのときは、コーヒーも候補に挙がったものの、誰かの提案で紅茶になった。豆から淹れたコーヒーを飲むのは久しぶりかもしれない、と思いつつ、カイは軽い気持ちで話を振ったのだが、
「……あの、カイくん」
 なぜか、ミナはカップを両手で持って俯いてしまっている。
「今回の、コーヒーのこともそうなんですけど、」
「は、はい」
「わたし、先生ですから、生徒としても、同居人としても、カイくんの助けになりたいと思ってるんです。カイくんに困ったことがあったら、いつでもいいので……もしよかったら……わたしにも、頼ってくれて……いいんですよ?」
 後半は声が小さくなって、僅かにしか聞き取れない。ただ、何を言わんとしているかはわかった。なぜ、このタイミングで言い出したのかも。
「ひょっとしたら、なんですけど……いいですか?」
 顔を上げたミナの悲壮な表情に、カイはたじろぎつつも、
「ケーキ作りを等々力先生に頼んだことが関係してます?」
「い、いえ、えっと……はい」
「あー、その……等々力先生には見抜かれてるから話しますけど、最初は、大石先生に頼むつもりだったんですよね。ただ、等々力先生の方から持ちかけてくれて、それでお願いすることになったんです。だから、決して他意があるわけでは……」
「……どうして、わたしに頼むつもりだったんですか?」
 一瞬だけ躊躇ったが、正直に話すことにした。
「これも、等々力先生にはバレちゃってるんですけど……大石先生の方が、頼みやすいと思ったんで。担任ですし、顧問ですし……まぁ、そんなところです」
 本人へ直接言うのも恥ずかしいのに、ミナの顔が見る間に明るくなるのがわかってしまい、ますます恥ずかしくなる。気まずさをごまかすためにコーヒーを飲み干し、それでも何を言うべきか迷っていると、カイを救うように予鈴が鳴った。
 もうすぐ、午後の授業が始まる。
「あ、もう行かないと。あの、」
「片付けはやっておきますから。大丈夫です、行ってください」
「すみません。それじゃあ、また後で」
 カップを空にして、ミナは慌ただしく出て行った。
 去り際の彼女に微笑が浮かんでいるように見えたのは、気のせいではないだろう。カイは片付けをしながら、いつの間にか感じていた緊張を解くように息をついた。

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2013/09/22 12:35 | Comments(0) | Original

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