宣言よりも数時間ほど遅れてしまいました。お久しぶりのパルフェSS、更新です。
内容を検討した結果、またしても前編後編になってしまいました……。どうもパルフェのSSは長くなりがちですね。なるべくキャラを出そうとした結果なんですけど。今回は、初となるま~姉ちゃんとかすりさんが登場します。後編は、これに加えていつもの里伽子と玲愛を。
次回の更新は、できるだけ早目を考えています。1週間も空いたら何ですし……。
遅くとも土日中には何とか。今度は遅れないようにします。仁の世話焼き合戦みたいにできたらいいなぁ。
あ、エラーが発生していたGoogleですが、放っておいたらなぜか直っていました。検索エンジンにも問題なく登録されています。結局、何だったんでしょう……。よくわかりません。
これでアクセス数が前ぐらいに戻ればいいと思うのは高望みでしょうか。
01(前編、後編)・02(前編、中編、後編)
パルフェ 02-1.「仁が右手をケガしたら (前編)」
「っぷ……」
ファミーユ、ブリックモール店。
休日明けの木曜日。
休憩室で一人昼食を取っていた店長――高村仁は、盛大に吐き気を催していた。
膝の上には、トレイに載った料理やお菓子やお菓子やお菓子の山が……。
いくつかの皿は空になっているものの、完食にはまだまだ程遠い。
懸命に左手でスプーンを拾い上げようとするが、脳がそれを拒否したのか、すぐさま落としてしまう。
こ、これはダメだ。
マズい。
いや、味がどうのではなく……主に腹具合が。
このままではケガどころではなくなると思い、食事の行方を隠蔽すべく仁が立ち上がりかけたところで、
「仁く~ん」
休憩室のドアが開き、この店のメインパティシエールにして総店長にして仁の姉、杉澤恵麻が入ってきた。
にこやかな笑顔は、しかし料理がほとんど減っていないことがわかるとすぐさま曇ってしまう。
そして始まるのは、これまでに幾度も繰り返された問答。
「どうしたの? さっきから全然……。もしかして、食欲ない? それとも痛みのせい?」
「そ、そうじゃなくて……」
「湿布張り替える? 包帯は? 緩んでない?」
「さっき確認したばかりで……」
「美味しくなかった? 口に合わない?」
「そんなことは……」
「食べにくい? あ、姉ちゃんが食べさせてあげようか?」
「それは大丈夫」
「え~?」
弟の即答に、実に残念そうな顔をする姉。
落としたスプーンをすぐさま拾うと、仁はなるべく平静を装いつつ言った。
満腹のため滲み出る苦悩と脂汗を悟られないように。
「それより、店のほうはどうなってるの? ケーキは?」
「心配しないで。姉ちゃん頑張ってるから。すごいのよ? いつもより出来上がるのが早いくらい」
「それはそれは……」
文句の言いようもないほどの働きっぷりだ。
恵麻のことだから、きっと普段以上に奮起を……と考えてしまうのは自惚れがすぎるだろうか。
まさにケガの功名。
ファミーユの店長としては、異論を挟む余地はない。
しかし、個人としては……。
「じゃあ、また来るから。しっかり食べて、早く治さないとね?」
「う、うん……」
最後にもう一度笑顔を振りまいて、恵麻は部屋を出て行った。
足音が遠ざかるのを確認してから、仁は深々と嘆息を一つ。
「ふぅ~……」
今日はずっとこんな調子だ。
仁の世話を焼いて、いつもは作らない仁の分の昼食を用意して、何度も休憩室を訪れて、しかもちゃんとケーキ作りをこなして……。
すべてはかわいい弟のため。
あれほど気力に満ち溢れている恵麻に『放っておいてくれても平気だから』『もうお腹いっぱいだから』『食事とケガの治りは関係ないのでは』と言ったところで、聞く耳を持たないだろう。
いや、もし聞いたとしても、恵麻を落ち込ませるだけだ。
著しく作業能率を落とすことになる。
恵麻の作るケーキで支えられているファミーユにとっては死活問題だ。
休憩室に小一時間押し込まれてもあまり影響のない店長とは違って……。
だから、今の自分には、恵麻の手厚い看護を受け入れる以外に選択肢はない。
と、自分に言い聞かせつつも、
「ふぅ~……」
やっぱりため息は漏れてしまうわけで。
冷めても美味しい恵麻のケーキを小さくかじり、案の定、胃が受け付けないことがわかると、仁は気だるげに自分の右手を見つめた。
そこには、痛々しい……と言うか、不器用に包帯がグルグルと巻かれている。
昨日、自室で滑って転んで思わず利き手で体を支えてしまった結果がこれだ。
医者の診断は軽い捻挫。一週間もすれば治るという。ただし、なるべく右手は使わないように。
仕方がない。
人手不足に喘ぐファミーユのみんなには申し訳ないが、自分の仕事は誰かに代わってもらおう。
片手だけなら、料理を作るのは無理としても、買出しや帳面書きくらいならできるだろうし。
なんてことを考えつつ、朝礼でその旨を報告したところ……。
恵麻が爆発した。
『何で言ってくれなかったの? 姉ちゃん、すぐ行ってあげたのに。大丈夫なの? 見せて、仁くん。……あぁ、こんなに腫れちゃってる。平気? 痛くない? え、仕事はできるからって? 何言ってるの! ダメダメ。今日は一日大人しくしてなさい。心配しなくても、姉ちゃんが仁くんの分まで働くから。わかった? わかったら、姉ちゃんの言うことを聞くこと。いい? 返事は?』
気が付けば強制的に重症患者にされ、仁は完全に恵麻の管理下へ置かれることになった。
当然、仕事は一切していない。
だったら部屋に帰ったほうがいいと思うのだが……目の届かない場所にいると心配らしく。
文句を言う暇なんて、あるはずがなかった。
成す術なく仁は、こうして昼休みに残されて給食を食べ続ける小学生のような気分を味わっている。
温かいお節介と、ちょっと重たい過保護っぷりと、それ以上に重たいお腹と……。
「いくらなんでも……だよなぁ」
などと言いつつ、先ほどの隠蔽作戦を実行に移す気は失せていた。
あの笑顔を見てしまっては、忙しい時間を割いて作ってくれた料理を捨てる気にはならない。
よし、もうひと頑張りしよう……と、食事をする際には必要ないはずの意気込みを抱いたところで、
「やっほ~、仁くん。元気してる~?」
扉が開かれ、今度はパティシエール姿の涼波かすりが顔を出した。
その表情には、恵麻とは別の種類の笑みが浮かんでいる。
思わず脱力する被保護者。
「うわー、かすりさん楽しそー」
「そりゃねぇ。楽しいに決まってるじゃない。恵麻さんの超絶テクがますます冴え渡ってるんだもん。お姉ちゃんパワー発動中ってとこ?」
「他人事だと思って……」
「あ~。そう言う人には、これあげないよ~?」
「ごめんなさい。ください」
「うむ、感謝するように。……って、まぁ恵麻さんの作る料理がどんなのかは、十分わかってるからね」
そう言ってかすりが差し出したのは、胃薬のビンとコップに入った水。
前もって飲むことに意味があるのかはわからないが、受け取った仁はすぐさまそれを飲み干す。
「ぷはぁ~。少し安心」
「苦労してるね~。ちょっともらっていい?」
「もちろん。ちょっとと言わず全部でも」
「さ、さすがにそれは……。何しろ量が……」
「そうなんだよな……」
何を隠そう恵麻の料理は、お菓子と同じく、これでもかというほどボリュームが重視されている。
男の子の仁に、という意味も含めて、さらにそれが際立っているように思えた。
味のほうは……一応、料理学校を出ているので人並み以上は。
もっさりとした大味なのが、いかにも恵麻らしいと言うか何と言うか。
「それで、店のほうはどう? 姉さんは大丈夫って言ってたけど、オーバーヒートしないか心配で……」
「ぜーんぜん。そんな心配ご無用。何だったら仁くん、ずっとケガしててもいいくらい」
「それは……勘弁だなぁ……。いろいろと肉体的にも精神的にも」
「あはは。冗談冗談。フロアのほうはてんてこ舞い状態だからね。いつもの裏方さんがいないから」
「……すいません」
なるほど、かすりはただ野次馬をしに来たわけではなく、ウェイトレス衣装に着替えようとしたのだろう。
純粋な更衣室のないファミーユでは、休憩室であるここがその機能を兼任しているから……。
「って、いきなり着替え出すな!」
「どう~? 見たい~? ほれほれ、うら若き乙女の鎖骨だぞ~」
「ここはあえてノーと言おう!」
「もう、連れないな~」
「ま、待って。今、出て行くから……」
トレイを傍らに置いた仁は、かすりに背を向けながらドアのほうへにじり寄っていく。
衣擦れの音からできるだけ注意を逸らしつつ、ドアノブに左手をかけると、
「でもさ~、どうするのこの後」
「この後……とは?」
話しかけてきたかすりの声に、ふと足が止まった。
それでも、服を脱ぐ手は止めてくれないらしい。急いでいるのもあるだろうが。
「夜のこと。恵麻さん、あの調子だと仁くんの部屋まで押しかけてくるでしょ?」
「あぁ……」
「大丈夫? 仁くんじゃなくて、恵麻さんが」
それは仁も懸念していたことだ。
恥ずかしい、照れくさい、夕食なんてとても食べられない……等々の感情や事情は抜きにして、純粋に恵麻の体調が心配になってくる。
あのテンションを夜中まで持続しているとなると、その次の朝が怖い。
次でなくても、一週間続けばいずれは……。
「でさ、実は名案を思いついたんだけど」
「イヤな予感……」
「ここは一つ、助っ人を頼もうかと思って」
「助っ人?」
「そ。心強~い見方。誰なのかは、来てみてからのお楽しみ~」
「かすりさん本人、ってオチはない?」
「さぁ? それはどうでしょう。ご希望なら行ってあげてもいいけど」
「…………」
かすりの顔は見えない。が、これだけはわかる。
きっと、これまでにない極上の笑顔だろう……と。
「な、なるべくなら、ほどほどに……」
「ほ~い」
不安な思いが募りつつ、仁は休憩室を後にした。
これは夜まで気が抜けないな……という思いを遮って、途端、飛んできたのはキッチンからの声。
「どうしたの? 飲み物ほしくなった? まだ食べたりない?」
「ちょ……。姉さん、お客様に聞こえるから……」
「おトイレ? 姉ちゃん、付いて行ってあげようか?」
「…………」
どうやら……。
仁がケガをしたのは、想像以上の失敗だったらしい。
To be continued...