ペット 空影 -karakage- 忍者ブログ
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2024/05/20 00:31 |
ココロノうちでの 第1-04話 「そもそもの事情」

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ココロノうちでの 第1-04話 「そもそもの事情」

ココロノうちでの まとめ

 カイにとっては幸いなことに、彼の生活の場が離れから移されることはなかった。その点を考慮して、あの人は「一つ屋根の下で」とまでは書かなかったのだろう。
 指令書には「今回はここまで」とあり、今後の不安は残るものの、とりあえず昼食を取ることにした。サエの「ピザ食べたい」という一言によって宅配ピザを注文し、その後は予定通り、部屋の割り振りを決めてから、各自、掃除を始める。
 カイの担当は、その他の部屋になった。
 しかし、すべてをキレイにしようとすると一晩かかっても無理そうだった。何しろ広い家だ。四人に一部屋ずつ分けてもお釣りが来る。
 なので、今日のところは見苦しくない程度に留めておき、今後、機会を見つけて全員で取り組むことになった。雑草が伸び放題になっている庭の手入れもやらなければならないが、こちらも「いずれ」と保留しておく。
 そして、数時間後。
 ミナの呼びかけでもう一度休憩を挟むことになり、五人は居間に集まった。ミナに掃除状況を聞くと、ひとまず今日の寝床は確保できそうだという。
「前に、ユウから聞いてるみたいだから、繰り返しになるけど、」
 それぞれ、持参した湯飲みでミナの淹れたお茶をすする中、サエの持ってきたミニあんドーナツに手を伸ばそうとして止めたリンは、「……ピザ食べたんだった」と呟き、代わりにお茶を飲み干すと、カイに向き直った。「一応、形式としてね」と前置きして、
「説明しとく、私たちのこと」
 何に対しての説明なのかわかったので、カイは姿勢を正した。
「まずは、私たちの体のことから」
 一呼吸置いてから、リンは告げる。
「一言で言えば、『呪い』」
 その先は、以前、リンから説明された内容と同じだった。
 始まりは、彼女たちから何代も前に遡る。
「昔々……っていうほど古くはないんだけど」
 ある時代に、二人の女性が対立していた。
 彼女たちの祖先に当たる女性と、もう一人の女性。
 理由は、双方の体型にある。祖先に当たる女性は、現在の彼女たちと同様、非常に女性らしい体型であったのに対し、もう一方の女性は、同年代でありながら貧相な、言うなれば、子どもっぽい体型をしていた。どちらとも、後天的にそうなったのではなく、先天的――家系として、代々その体型が受け継がれているという。
 子どもっぽいの女性は、祖先に当たる女性に強い嫉妬心を抱いた。そして、実力行使に出る。自身の持つ知識と、やはり先天的に持っていた特別な力を使って。
 女性は、祖先に当たる女性に呪いをかけた。
 異性に対して性的に反応すると、体が子どもになるという呪いを。
 呪いの効果は絶大だった。月日が経っても呪いは続き、どころか、かけた本人が亡くなっても解けなかった。さらに、祖先に当たる女性だけではなく、彼女の子孫にも効力が発揮されてしまう。何代か後の、リンたちにまで。
 呪術者が提示した解呪の方法は、たった一つだけ。
 異性に対して、真に心を通じ合わせること。
「体型という外見に捕らわれず、内面で惹かれ合い、結びつくことはできるのか……。呪いの本質というか、かけた意図があるとすれば、そんなところね。かけた本人も、相手が呪いを解くことをどこかで期待してたんだと思う。そうなれば、いくらかは自分のコンプレックスを解消できるから。まぁ、憶測でしかないけど」
「リン、お代わりは?」
「もらう。……で、心を通じ合わせることができれば、異性であるその相手に対しては呪いの効果がなくなる……子どもの姿にならなくなると。それ以外の人だと、やっぱり小さくなっちゃうんだけど」
 ほとんどが、おとぎ話染みたものだった。
 にわかには信じられない。その思いは、変わらずにある。
 しかし、信じないわけにはいかなかった。小さくなった彼女たちという現実が、目の前に提示されたのだから。あれは、夢物語では済まされない。
「心を通じ合わせるっていうのは、どういう基準で判定するのか曖昧だけどね。でも、実際に彼女の子孫である私たちはここにいるわけで、私たちの母親とか、上の代の人たちは呪いが解ける相手を見つけてきた。性的な反応っていうのは一時的なもので、息切れみたいにいつかは収まるから、そうすればいつでも元の姿に戻れるとは言え、その、……だから、そういう行為に及ぶためには、呪いを解かなくちゃいけないから」
「…………」
「理解はしてるけど、納得はしてないって顔ね。まぁ、呪いなんて言われてもピンと来ないでしょうけど」
「……いや、それもあるんですけど、」
 思案するようにカイは腕組みをし、
「前から疑問だったんですよね。嫉妬したって話ですけど、それだけで呪いなんてかけるもんですか? しかも、末代までたたる、なんていう」
 カイの疑問に、女性陣は顔を見合わせる。リンが説明しあぐねていると、指からあんドーナツの砂糖をなめ取っていたユウが口を開いた。
「リンはな、」
 言葉とともに、ぴ、と彼女の体――上半身を指さす。
「あたしら四人の中で、一番胸が小さいんだ」
「…………」
「ちょっ、いきなり何を言い出すのよ。それに、何度も言ってるけど、あくまであんたたちの中では控えめなだけで、世間一般で見れば十分大きいんだから」
 ムキになってまくして立てるリンに対し、ユウは涼しい顔で、
「……とまぁ、こんな一言がカンに障るくらい、人によっては体型が重要なこともあるんだろ。呪いの原因にはなったが、あたしたちの体はアイデンティティみたいにもなってるしな。いくらかでも小さいのが気になるのもわかる」
 彼女の説明中に気を取り直したのだろう。咳払いをしてから、リンは話を続けた。
「で、問題はここから」
 確かに呪いを解くことはできるが、問題は残った。
 一つは、たとえ子どもを産んでも、その子どもは呪いにかかっていること。
 もう一つは、そんな自分たちは、一般社会からすれば奇異の対象であること。
 後者の問題点を解決するため、だんだんと増えていった子孫たちは、やがて「一族」として結束するようになった。彼ら一族はひとところに集まり、世間から遠く離れた地でひっそりと生活することで、自身の存在を隠している。
「要するに、私たちは、四人ともその一族の人間なの。名字もバラバラだし、親戚とも言えないほど遠縁だけど、一応血はつながってるはずよ」
 しかし、そのままでは、前者の問題点は解決できない。今や、「完全に呪いを解く」ことは一族の悲願になっていた。
 もしかすると、子孫を増やし続ければ、血とともに呪いが薄まり、いつかは解くことができるのではないか。拙くはあるが他に希望は見つからず、次代に望みをつなぐため、一族の女は、ある年齢に達すると人里に下りることになっている。
 将来の伴侶を見つけるために。
「私たち一族は女系でね。生まれるのは女の子だけ。当然、呪いがかかってるのも女の子だけ。だから、例外なく『伴侶』になると。ただ、単純に旦那さんを見つけるのが目的だった昔と違って、今は女性が働くのも当たり前だから、私たちみたいに勤めてる人もいるのよ。小さくならないよう常に注意しなきゃいけないけど……、」
 そこで話が脱線しかかってることに気付いたのか、リンは言葉を句切り、
「ともかく、相手は見つけなきゃいけない。それが一族の意向。でも、自分たちの秘密は秘密のままにしなきゃいけない。でないと、私たちは世間の目にさらされて、普通に暮らすこともできなくなるだろうから」
 カイが聞き入っている横で、ミナはお茶のお代わりを注いでいる。
「そこで重要になるのが、相手に呪いのことをバラすタイミング。一つ目は、これと決めた相手に対して、自分から打ち明ける場合。二つ目は、何かのハプニングで、意図せずに露見しちゃった場合。私たちの場合は、」
「後者、ですね」
「……そう。不幸なことに。相手が顔見知りで、こちらに好意的であることが期待できる一つ目と違って、こっちの場合は、まったく見ず知らずな相手のこともあり得る。その人が秘密を漏らしちゃうこともある。そういうときにどうするかというと、」
「はい、お茶」
「ありがと。……どうするかというと、一族が口を出してくるのよ」
 リンは熱いお茶を一口含み、
「あの手この手を使って、バレちゃった相手と、バラしちゃった一族の人間をくっつけようとするの。こっち側に引き込んじゃえば、奥さんや親戚の秘密をバラす心配も少なくなるし、それで子どももできれば言うことなしだから」
「皮肉なことに、あたしらは女として魅力的らしいしな。くっつけるのも容易だ。あくまで比較的、ではあるが」
 と、ユウ。
「要するに、今回の同居も、そのあの手この手のうちってことですよね?」
「そういうこと。同居までさせることは滅多にないんだけど、一族の上の方は、そうでもしないとくっつかないと判断したんだと思う。何しろ、一人でも難しいのに、四人一遍だから。こうした方がてっとり早いって考えたんでしょ」
「問題はないんですか? 四人一遍ってことには」
「一族的にはないんじゃない? 四人っていうのはさすがに聞いたことないけど、複数相手は過去にもあったみたいだから」
「ちなみに、拒否することは」
「できない。あたしらも、お前もな」
 きっぱりと断言するユウ。
 以前、彼女から聞いたことがある。一族は特殊な存在であるがゆえに、自身の秘密を長年に渡って隠匿し、一般人と一族の人間を、半ば強制的にくっつけることができるくらいの権力を有していると。一族の内部だけではなく、外部に対しても。
「……わかりました」
 わかっていたことだ。異論を挟まず、カイは承伏する。
 それを合図に、リンは、今日何度目かのため息をついた。
 これで、説明は終わりらしい。
「ともかく、今日から共同生活を送ることになったわけだが、」
 すると、今度はユウが会話を切り出した。ミナに、次いでカイに目を向け、
「差し当たって、今日の夕飯は何にする?」
「……え、俺に聞いてるんですか?」
「あたしらは店子だからな。それに、ミナの料理なら、あたしらは今までに何回も食べてる。リクエストは大家であるお前がやってもいいと思うが」
「いいんじゃない? それで」
「…………(口いっぱいに頬張っているので頷くだけ)」
「構いませんよ? 何が食べたいですか?」
「そうですね……。いや、別になん、」
 別に何でもいい。
 そう言いかけて、慌てて口をつぐむ。いつだったか、同じシチュエーションでこの言葉を口にしてしまい、「それが一番困る」とユウに怒られたのを思い出した。
「……ハンバーグで」
「ハンバーグ、ですか」
 ちら、とミナはリンに目を向ける。
「……いいわよ。ミナが作るんでしょ?」
「うん。じゃあ、和風ですか? 洋風ですか?」
「洋風で」
「ハンバーグか。普通だな」
「悪かったですね」
「……(『ハンバーグ』と口の中で言っているらしい)」
「他にはありませんか?」
「野菜が採りたい、かな。不足してると思うんで。それくらいです」
「わかりました。後でお買い物に行きますから、近くのスーパー教えてもらえますか?」
「あ、俺も行きますよ。荷物持ちぐらい、」
 言ってから、
「……って、それじゃダメなんですよね」
 気付く。
 そう、カイが秘密にしなければならないのは、呪いのことだけではなかった。彼女たちと暮らしていることも隠す必要がある。教師と生徒の同居。このことがバレれば、カイと四人は引き離されてしまうだろう。世間の手によって。
 それはダメだ。
 一族としては困るだろうが、カイとしても、困る。
「すみません」
「い、いえ。カイくんが謝ることじゃ、」
 学校に程近いスーパーでいっしょに買い物など、以ての外だろう。
「自転車は持ってきましたから、一人で行ってきます。場所だけ教えてくれれば」
「よろしくお願いします」
「はい」
 呪い。解呪。四人一遍。同居。教師と生徒。
 前途多難な要素を孕みながら、五人の生活は、こうして始まったのである。

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2011/10/11 03:04 | Comments(0) | Original

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