ペット 空影 -karakage- 忍者ブログ
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2024/05/20 00:23 |
ココロノうちでの 第1-08話 「はじめての朝」

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ココロノうちでの 第1-08話 「はじめての朝」

ココロノうちでの まとめ

 誤解を解くのは苦労したが、ミナとリンは最終的には納得してくれた。ユウの人となりを先方も承知していたのだろう。彼女ならやりかねない、と。
 四人とも入浴は済んだとのことなので、カイは母屋の風呂場でシャワーを浴びたが、疲れが抜けるどころか、どっと押し寄せてきてしまった。しつこくゲームをやり続けていたユウを空き缶などといっしょに離れから追い出し、勉強も早々に寝床に着く。
 そして、翌朝。
 身の回りの環境は、とうに変わっていることに、カイは気付いていなかった。

 離れの入り口は、敷地の出入り口――門からは離れている。道路に面した門から直接離れに来るには、庭を、夜中ならば暗闇も突っ切らなければならない。この辺りには泥棒や不審者が出没したという物騒な話はなく、夜半過ぎに前触れなくやって来る迷惑な知り合いだけはいるため、離れのカギを締めないことは往々にしてあった。
 ただ、それは一人暮らしをしていたときの話だ。
 習慣というのは怖いもので、特に気にすることもなく、カイはカギを開けっ放しにして寝てしまった。タバコ騒動による疲労も、「もしかしたら」という発想に至らなかった原因かもしれない。
 いずれにせよ、離れの引き戸は開いたままで、開く際のカラカラという小さな音にも熟睡中のカイは気付かなかった。普段はまだ眠っている時間だ。アラームがセットしてある携帯電話も、カイの枕元で夢の世界に浸っている。
 戸を開けた人物は、声を発さなかった。カイを起こしに来たのだが、しばらく待っても寝返り一つ打たないので室内に上がり、足音を立てて近寄っていく。脚が折り畳まれた座卓は壁によりかかっており、部屋の真ん中に敷かれた布団の上で、寝間着代わりのティーシャツと短パン姿のカイは、体をくの字にして横たわっていた。遮光カーテンが閉まった室内で、オレンジ色の豆電球だけが明るい。
「んー……」
 不意にカイは声を上げたが、ただ身じろぎしただけだった。さすがに焦れてきた侵入者は、まず、薄手の毛布から覗いているふくらはぎを軽く叩いてみた。反応なし。腰を叩いてみる。反応なし。肩。反応なし。
 ついに、胸をまたいで布団の上に立ち、ぺしぺしと頬を叩いた。二度、三度。
 これは効果があったらしい。まつげが震え、ゆっくりとまぶたが開いていく。
 カイが目を覚ます。
 
「うわぁっ」
 覚醒した直後、誰かが眼前に立っていれば、驚くなという方が無理な話だろう。が、その人物が小さな姿のサエだと気付いたころ、カイの頭に駆け巡ったのは、悲鳴を上げたことに対する「しまった」という後悔だった。
 時既に遅し。
 様子を見るために、こちらに来る途中だったのかもしれない。声を聞きつけて、離れに駆けつけた人物がいた。リンだ。開いたままの戸から顔だけを室内に入れ、布団の上で半身を起こしているカイと、すぐ隣にサエが立っているのを認めると、
「なにしてんのよ!」
 それでも怒声が抑え気味だったのは、近所に聞こえるのを考慮したのだろう。
 ただ、母屋には届いたようだ。リンに続いて、心配顔のミナがやって来る。最後にユウが、前の二人とは違って、のんびりと。
「こっちに来なさい、早く!」
 サンダルは人数分あっただろうか、などと脈絡のないことを考えているうちに、リンは上がりかまちから身を乗り出して、サエを手招きした。カイの方を振り返りつつ歩み寄るサエを、さっと抱きかかえると、それだけで人を射殺せるような鋭い眼光を浴びせて、足早に去っていく。カイに弁明の余地すら与えずに。
 呆然と、カイはその姿を見送っていた。誓って何もしていない――そもそもしようがないが、あの状況を見られたら怒られるのも無理はない。
 頭の後ろをかきながらどうしたものかと考えていると、戸に体を隠してこちらを見ているミナと目が合った。彼女は驚いて首をすくめ、おどおどと小声で、
「あ、あの、そろそろ朝ご飯です」
 そう言って、やはり急ぎ足で離れを後にする。
 彼女は怒ってはいないようだったが、あの反応を見る限り、何かしらのショックは受けたのだろう。朝食のときにでも説明しないといけないな、とカイが憂鬱なため息をついていると、最後の一人がまだ残っていることに気付いた。ユウだ。
 彼女は、昨晩と同じく気軽に室内へ入ってくる。蛍光灯から下がっているヒモを二度引っ張り、部屋が明るくなってから、カイを見下ろして暢気に言った。
「おはよう」
「……おはようございます」
 その表情からは、二人のような激情や狼狽は伺えない。ただ、どこかおもしろがっているように見えるのは穿ちすぎだろうか。
「早く来ないと冷めるぞ」
 ユウも去っていく。「あたしは助け船を出してやらないからな」と背中で告げて。
 残されたカイは、手の甲で首筋の汗を拭った。冷や汗ではない。なかなかインパクトのある事件だったが、この程度で動揺していてはやっていけないだろう。
 この生活を続けていこうという覚悟は、とうにできているのだ。
 
 すでに眠気は吹っ飛んでいたが、とりあえず身だしなみのために顔を洗うべく、手早く着替えを済ませてから母屋の洗面所へ向かった。縁側から上がり、廊下を左手に折れて少し進む。男子用トイレの手前にあるのが目的地だ。
 曇りガラスのはめこまれた戸を開けると、左手にドラム式の洗濯機が鎮座していた。以前使っていたものは離れの近くに移動していたため、四人が持っていた中で一番容量が大きくて高性能だったサエのものを置いたのだそうだ。テレビと違って一人一台というわけにもいかないので、他は処分したらしい。
 洗濯機の向かいには折り戸があり、あちらは浴室に繋がっている。目的の洗面台は、洗濯機と折り戸の中間地点にあった。
 壁際にある洗面台へカイは歩み寄っていったが、その手前で、金縛りにあったように足が止まる。昨晩、シャワーを浴びるためここを横切ったときも驚いたものの、改めて見ると、その威容に圧倒されそうだった。
 硬直しているカイの正面、洗面台に設けられた棚一面に、大小の瓶やチューブがズラリと並んでいるのだ。棚だけではなく、蛇口の両脇まではみ出して。手に取って確認したわけではないが、乳液や化粧液、クリームといった類のものだろう。一人暮らしのときに置いてあったハンドソープのボトルすら、探さないと見つからない。大人の女性四人がそれぞれ持ち寄っていると考えると、ここに置かれたものが全てではない可能性もある。台の下にある収納も気になったが、開けるのも恐ろしい。
 昨晩、ここから自分の歯ブラシを救出したときもヒヤヒヤものだった。カイの目から見れば似たり寄ったりの化粧品でも、値段を聞けば飛び上がるほど高価な場合もある。顔を洗いにきたわけだが、果たして、ビルのように林立する容器を一本も倒さずに、なおかつなるべく濡らさないようにできるだろうか。
 あっさりと、カイは答えを出した。今後、ここを使うのはやめておこう。
 ひとまず、歯ブラシと、時たま使う安全カミソリを慎重に摘み上げて回れ右をした。幸いなことに、離れの外壁沿いには、庭いじりをしたときのために使う洗い場がある。前回いつ使ったのかも覚えていなかったが、蛇口をひねると、赤茶けた水がしばらく続いた後に、透明な水が流れ始めた。大丈夫そうだ。
 そろそろ、待ち人もヤキモキしているころだろう。カイは洗顔を済ませると、母屋の居間へ向かった。
 ふすまを開ければ、すでに四人は着席している。すっかり各人の席も決まったなと思いつつ腰を下ろすと、斜向かいのリンが口を開いた。
「怒鳴って悪かったわね。さっき、サエの方からあんたを起こしに行っただけだって聞いたけど、あのときは咄嗟のことで慌てちゃってて」
 謝っているものの、視線は、つんとそっぽを向いている。
「でも、今回はあんたも悪いのよ? カギを開けっ放しにしとくから」
「そうですよね。すみません。明日からは忘れずに締めるようにします」
「あと、サエも。勝手に人の部屋に入らないように言っといたから」
 言われて、サエの方を向くと、彼女はペコリと頭を下げた。いつの間に戻ったのか、すでに大人の姿だ。
「わたしも悪いんです。昨日決めた朝ご飯の時間よりも、早めに作り終わっちゃって。サエは気を利かせてくれたんだと思います」
 と、これはミナ。
「それと、ユウもね」
「? あたしもか?」
「そーよ。サエをけしかけたのはあんただったみたいじゃない。サエならどうするかわかってるでしょうに」
 リンとユウの視線がぶつかり、ユウは口を開こうとした。が、声が発せられる寸前、今朝もエプロン姿のミナによって遮られる。
「今後はお互い気を付けるということで。ね? いただきましょう?」
 それでこの話はお仕舞いになり、朝食が始まった。
 今朝のメニューは、トーストが二枚に目玉が二つのベーコンエッグ、インスタントではないカップスープにサラダ――昨日のサラダの残りに材料を足して、自家製ドレッシングの味も替えたもの――というシンプルなもの。料理とは言えないかもしれないとミナは謙遜しているが、どれも舌を満足させてくれる味だ。
「バターちょうだい。……ありがと。けど、大変だったんじゃない? これだけの数のパンをいっぺんに焼くのは」
「そうでもないよ。五台もトースターがあるから」
「捨てずにこっちへ持って来させたのも、それを見越してのことだったんだろ?」
「うん。毎朝白いご飯ってわけにもいかなくなるだろうしね」
「今度のは冷凍庫が大きいから、食パンを買い込んでも大丈夫だし?」
「そうそう」
「……おかわり」
「あ、わたしの分食べる? わたしのはもう一枚焼けばいいから。二人は?」
「私はいい」
「あたしも。スープだけ頼む」
「了解」
 一瞬、険悪な雰囲気になるかと思ったのは、カイの取り越し苦労だったらしい。誰かが黙り込むようなことはなく、食事はつつがなく進んでいく。
 彼女たちの会話を聞きながら、カイはぼんやりと考えていた。引っかかったのは、先ほどのリンの発言だ。「サエをけしかけたのはユウ」という。
 ユウは、以前からカイが離れのカギをかけていないことを知っている。だから、リンの言う通り、サエが起こしに来ればどうなるか、ある程度予想できるはずだ。ハプニングを起こすのが得意なユウらしい行為とも取れるが、昨晩の一件とは趣が異なっていた。カイだけならまだしも、今回はサエまで巻き込んでしまっているのだ。
 突然起こしに来て、カイを驚かせる――その悲鳴で他の人を呼び寄せ、あらぬ誤解を抱かせる。その程度ならば、サエに行かせる必要はないだろう。自分でやればいい。
 動くのが面倒だったのだろうか。いや、この手の労苦はいとわないのがユウだ。無闇に第三者を策略に引き入れて、平気でいられる人でもない。
 だとすると、
「カイくん?」
「え、あ、はい」
「大丈夫ですか? 足りませんでした?」
「いえ、大丈夫です。美味しかったです」
 かみ合わない答えになったが、ミナに不審がる様子はなかった。
 その後は他愛のない会話をしつつ、朝食は終わっていく。
 今日は平日。五人とも、学校へ行かなければならない。目的地は同じなものの、念のため、それぞれ時間をズラして家を出ることになった。教師四人に生徒一人がゾロゾロと連れ立って歩いていれば、不審がられるのは明白だろう。
 カイの順番は最後だ。離れで身支度を済ませ、自分の番が来るのを待つ。
 その間、予習の続きもせず、カイは畳に寝転がって、天井を見上げていた。

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2012/07/18 11:25 | Comments(0) | Original

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