ペット 空影 -karakage- 忍者ブログ
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2024/11/22 18:20 |
ココロノうちでの 第1-11話 「はじめての放課後」

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ココロノうちでの 第1-11話 「はじめての放課後」

ココロノうちでの まとめ

 授業が終わった放課後。
 カイは一人、部室で読みかけの文庫本を開いていた。他に部員はおらず、周りの部屋からも静寂を妨げるような音は聞こえてこない。
 ページをめくるのと同時に壁掛け時計を見上げると、最後の授業から一時間ほどが経っていた。そろそろ約束の時間だ。
 部の備品である本を棚に戻し、カイは学園を後にした。グラウンドでは、この時間こそが学校生活の醍醐味とばかりに、練習に励む運動部の声が響いている。
 門から出たカイは、右――家とは反対方向へ足を向けた。目指す先は駅。十分ほど歩けば、大通りを両断するような線路にぶつかり、左手に駅舎が見えてくる。
 相手とは、駅前にある本屋で落ち合う手はずになっていた。いっしょに下校すれば目立つし、授業が終わった直後だと帰宅途中の生徒に見つかる恐れがある。そのため、バラバラに学校を出て、しばらく時間をつぶすことにしたのだ。
「よう。お待たせ」
 本屋の自動ドアを潜ると、待ち人はすぐに見つかった。婦人雑誌のコーナーで立ち読みをしている。ちらりと見えたのは、レシピのページだった。
「あ、もう時間? じゃあ行こっか」
 雑誌を棚に戻しつつ、彼女は振り返る。カイよりも頭二つ分は低い背。中学生どころか小学生にも間違えられるというあどけない顔。肩の辺りで切り揃えられた髪。
 笹山優衣。
「急がなくて大丈夫か? 時間じゃなくて、在庫が」
「うん。さっき見に行ったときは、まだたくさんあったから」
 肩を並べて歩き出すが、これはデートではない。カイは単なる代役だ。本来、この場にいるべき人物――タクは、授業終了と同時にさっさと帰ってしまった。同居相手がいるといつもこうで、優衣からのメールにも断りを入れたようだ。そこでカイにお鉢が回り、午前中には来ていた彼女からのメールに了解の旨を伝えておいた。去年と同じスケジュールならばそろそろ忙しくなる時期だが、今はまだ体が空いている。
「今日の量は?」
「うーん、いつも通りかな」
「ってことは、ちょっと多めと」
「面目ない。よろしくお願いします」
 二人が向かったのは、本屋から程近いスーパーだった。昨日、ミナが利用したのもここらしい。安さと品揃えのよさに驚いたと言っていた。
 カイの役目は、要するに荷物持ちだ。優衣の住まいはここから数駅離れているが、最寄りの量販店よりも、物によってはこちらの方が安く、優衣は毎日、ネットに掲載されている広告で値段を見比べているという。ドライアイスなどを使えば生鮮食品を買っても自宅に帰るまで傷んだりはしないものの、優衣の体格ではあまり多くは持ち運べず、だったら買う量を減らせというのも酷なので、初めはタクに押しつけられた代役も、優衣に頼まれればなるべく引き受けるようにしていた。これぐらいの手伝いなら自分にもできるし、同じ一人暮らしというよしみも――以前までは、だが――ある。
「えーと、まずは……」
 夕飯の用意にはまだ間があるのか、スーパーはあまり混み合っていない。
 メモを打ち込んでいるのだろう、携帯電話を片手に優衣は通路を歩き、その後ろからカートを引いたカイがついていく。遠慮はしないようにと言ってあるので、優衣は目当ての食材を次々にカゴへ放り込んでいった。食べきる前に腐らせるのではとは思うものの、優衣によれば、そうなる前に調理して保存してしまうらしい。常日頃から、見習いたいものだと思っていたが、結局実行に移すことはなかった。
 今、自分が買い物をしても、台所を仕切っている人の邪魔になるだけだろう。かと言って、五人分の料理を作る腕前など、とても持ち合わせていない。
「お醤油とみりんもちょうど切れかかってるんだけど……」
「遠慮は?」
「しない約束、だよね。ありがと」
 調味料のボトルが最後だったらしい。カートの上下に積まれたカゴは、どちらもいっぱいになっている。会計を済ませれば、ここでの目的は終了だ。
 レジに向かうべく、移動させるのも難儀なカートを進ませようとすると、
「あ、」
 優衣の足が止まった。
 釣られてカートを停止させる。驚いたような表情の優衣が見つめているのは、カイがいる方向――正確には、その背後。
 彼女の視線を追って、カイも振り向けば、
「え、」
 そこには、もう一つの驚き顔があった。
 最も見つかりたくなかった人物の一人――ミナの顔が。

「にしても、驚いたね。先生もあそこで買い物してるなんて」
 買い物を終え、二人は電車に乗っていた。車内にはまばらにしか人はおらず、座席に座って膝の上に買い物袋を乗せていても、迷惑にはならない。
「家は学校から離れてるって言ってたけど……あたしと同じかな。こっちで買った方が安いから、レジ袋提げて持って帰ってるのかも」
 スーパーでミナが二人に――というより優衣だけに説明したことは、もちろんウソだった。ミナの現在の住まいは、言うまでもなく徒歩圏内にある。仕事の合間を縫って買い物を済ませ、冷蔵庫へ入れるために家まで往復しようとしたのか、それとも帰宅途中だったのかはわからないが、まさか偶然遭遇するとは思わなかった。
 それは、向こうも同じだっただろう。優衣との関係を説明しているわけもなく、この状況では自分たちがカップルに見えてしまっても無理はない。一応、「俺たち、付き合ってはいませんよ?」とは言っておいたものの、がくがくと頷いてからミナは一目散に逃げ去ってしまった。こちらの話を満足に聞いていただろうか。
「内緒にしてくださいってお願いはしたから、大丈夫かな。あの二人がいっしょに買い物してた、なんて言いふらしはしないと思うけど……」
 制服姿で買い物をすることは、この学校では教師に怒られるような行為ではない。やはり、懸念すべきは、ミナがあらぬ誤解をしている可能性があることだ。帰ってから何かしらのフォローを入れておいた方がいいのかもしれない。
「間宮くん?」
「ん……あ、あぁ」
 優衣に声をかけられて、カイは物思いにふけっていた頭を切り換え、
「まぁ、大丈夫だろ。そこまで問題になるようなことでもないし」
 普通の状況ならば、だが。
「困ったりする? あたしとウワサになったら」
「とりあえず、タクとは気まずくなるだろうな」
「んー、どうだろ。うちに来ることはなくなりそうだけどね」
 無駄話をしているうちに、電車は目的の駅に滑り込んだ。学校の最寄り駅よりも大きいターミナル駅だ。何度も来ているので、道案内の必要もなく、駅から数分も歩くと、優衣の住まいに到着する。カイの家の周りには見られない、高層マンション。
 オートロックなるものを初めて見たのは、ここだっただろうか。パンパンに膨らんだレジ袋――しかも、優衣が持参した使い回し――という、カイからすればおよそこの外観に不釣り合いなものを抱えながら、前を歩く優衣について行く。
 エレベーターに乗り込み、十数秒も揺られれば、そこはすでに地上から隔絶された世界だ。羨ましさよりも、こんなところに落ち着いて住めるのだろうかという不安が先に立ってしまうのは、自分が小市民である証かもしれない。
「ちょっと待ってて。飲み物持ってくるから」
 部屋に入ると、ミナは袋を抱えてキッチンへ向かった。リビングに通されたカイは、ソファーに乗っていたクッションをカーペットの上に敷いて、腰を下ろす。ここだけでも離れより広かったが、もう一つ、寝室として使っている部屋があるらしい。集合住宅の間取りには詳しくないものの、高校生には分不相応ということはわかる。ソファーの高級感にしても、部室にあるものとは比べるのもおこがましい。
 そもそも、一人暮らしをしている時点で周囲からは奇異の目で見られかねないが、優衣にも優衣なりの事情があった。だから、この部屋を初めとして、彼女に与えられた環境は必ずしも幸福や幸運によるものではないと言える。最も、面と向かって尋ねられれば、優衣は笑って「けっこう満足してるけどね」と言うだろうけれど。
「コーヒーとお茶、どっちがいい?」
「コーヒーってのは、」
「いま出るのはインスタント」
「じゃあ、お茶で」
 優衣がお茶を淹れてくれる間に、カイはテーブルの上にあったリモコンを操作してテレビを点けた。見たい番組があるわけではないが、何かをしていないと落ち着かない。当初よりは緊張を感じなくなっているものの、女子の部屋であることに変わりはないのだ。優衣の側はあっけらかんとしているし、タクだって平然としているだろうから、自分だけが意識しているのはおかしいと思いつつも、そう簡単には割り切れない。
 窓の方に目を向けると、レースのカーテンの隙間から、透き通るような青空と、その下に広がる街並みが伺えた。学校の席からも拝めない風景。少し前までは他にもマンション住まいの知り合い――家まで行く機会のある、という但し書きがつく――がいたが、今はいないため、ここ以外にこういった景色を眺めることもないだろう。
「はい、お待たせ」
 しばらくして、優衣が二つの湯飲みと急須を乗せたお盆を持ってきた。カイの斜向かいに座り、茶葉が開くのを待ってから、それぞれの湯飲みへ濃さが均等になるよう交互に緑茶を注ぐ。予めお湯を入れて、湯飲みを温めておくのも忘れてはいない。
 最後の一滴まで注ぎ終わり、優衣によるとお客様用の湯飲みが差し出された。口に含むと、ふぅと自然に息が漏れる。うまいお茶だ。
 優衣もお茶を飲み、一息ついてから、ぺこりと頭を下げた。
「今日はありがとね。助かった」
「気の済むまで買えたか?」
「おかげさまで。しばらくは大丈夫だから、安心して」
 にこっと優衣は笑う。マンションの一室に二人きりで、この雰囲気。万が一にもありえないが、ミナに見つかったら、いよいよ言い訳ができないだろう。
「この後、間宮くんはどうする?」
「そっちはバイトか?」
「うん。待っててくれたら、お夕飯作るけど。お礼も兼ねて」
「……いや、今日は帰るよ」
「ここで一人でいるのは気まずい?」
「まぁ、そういうことにしといてくれ」
 優衣の手料理は魅力的だが、これで夕食までに帰らなかったら、何を言われるかわからない。優衣のバイトの時間に合わせて、カイもお暇することにした。
 電車に乗って、真っ直ぐに家へと帰る。
 カイの学校は機械警備が備わっており、定時には教職員も閉め出されてしまうため、夕食の席には全員が集合した。包丁を振るったのはミナだ。あれから買い物を続けられたのかはわからないものの、座卓に並んだ料理は、昨日と変わらず豪勢に見える。
 ひょっとすると、さっきの出来事はなかったことにしてくれたのかもしれない。そんな淡い期待は、意識しないようにはしているのだろうが、ミナがこちらを伺う回数が明らかに昨晩よりも多いことで、もろくも崩れ去った。 

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2012/08/31 01:38 | Comments(0) | Original

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