あー……ものすごく遅くなってしまいました。パルフェSS、更新です。これにて1万Hit記念とさせてください。2万Hit記念は、またいずれ。
やはり前回の執筆から間があったからか、同じテンションに持っていくまでに苦労しました。思いついたネタがなかなかまとまらず……。まぁ、最終的には書きたいものが書けたかなと。
そもそもこのSSは、キャラ同士の関係性を重視する丸戸氏作品――パルフェにおいて、ここだけ付き合いの薄い里伽子と玲愛を共演させようという目論見が発端でした。できれば、二人の繋がりを深めるような描写ができればいいなぁと。そういう意味では、そこそこ成功できたのではないでしょうか。
ラストは曖昧なものになってしまってすいません。この文章を読み解く鍵は、「双方の性格」「彼女たちにとっての由飛の存在」です。読み解かなければならない段階で失敗という話もありますが……。
次回がありましたら、ま~姉ちゃんを書きたいなと思っております。更新予定はまだ不明。
ちなみに、いっこうに帰ってこない瑞奈がどこにいるかというと、いつのもコンビニ巡りだったりします。
01(前編、後編)・02(前編、中編、後編)
パルフェ 01-2.「里伽子vs玲愛 ラウンド2 (後編)」
「えー……」
首筋に、暑さからくるものではない汗が流れる。
冷や汗か、脂汗か。
確かめる余裕もないまま、仁はうろうろと室内に目を泳がせていた。
キッチンには、部屋の主の背中。
傍らには、訪問者の横顔。
どちらも見ることができない。
新たな来客を気遣って炬燵から出してしまった足は、先のほうが冷えてしまっている。
お茶も底をついている。
なぜこんな事態に……とグチることもできず、仁は必死に会話の糸口を探していた。
沈黙が重苦しい。
玲愛が里伽子を部屋へと通してから、誰しもが黙りこくっている。
なぜだ。
なぜこうも空気が張り詰めている。
なぜ自分は、こうも狼狽えている。
明確な理由はわからず――けれど、どこかで感じ取った危機感が、仁を焦らせていた。
何か会話を。何か会話を。何か……。
「仁」
しかし、その均衡を破ったのは、意外にも訪問者――里伽子だった。
言葉とともに、銀色の物体が炬燵の上に置かれる。
「あ、これ……」
「忘れていったでしょ、ファミーユに」
まさしく、失くしたと思っていた部屋の鍵だった。
そうか、店内で落としたのか。
でも、どうしてそれを里伽子が……?
「頼まれたのよ、かすりさんに」
仁の疑問を先読みしたかのように、里伽子が答えを提示する。
ふぅと息をつくと、彼女は仁のほうを向いた。
「ファミーユに寄ったら、誰が鍵を届けるかで盛り上がってて。このままじゃ埒が明かないからって、かすりさんに押し付けられて」
「そんなことが……」
そのときの光景が、まざまざと目に浮かんでしまう。
ニヤついているかすりさんと、不満顔の里伽子と……さらに不満顔の姉さんと。
「にしても、来たのか? 今日」
「ヒマだったから」
「終業時間間際に?」
「ヒマだったから」
「わざわざ鍵まで届けてくれて?」
「……ヒマだったから」
「さすがは文系大学生」
「早退した店長さんに言われたくない」
「……それもかすりさんから?」
「ま、ね」
言って、里伽子はそっと、右手で仁の額に触れた。
たぶん、きっと……相手は意識していないのだろうが、仁としては、思い切りどぎまぎしてしまう。
息のかかりそうな距離。
いつか嗅いだ、香水の香り。
離れていく手の平が名残惜しくもあるが、照れた顔を見られないよう、慌てて目を逸らすことにした。
「ん、少し熱っぽいかな」
「そ、それは当たり前で……」
「?」
「いや……まぁ、ありがとな」
「それって、どっちのこと?」
「……風邪の心配も、ヒマだったからなのか?」
「さぁ……?」
とぼけた様子で、里伽子は肩をすくめて見せる。
ふぅと、今度は仁が息をつくと、炬燵の中に足を入れさせてもらうことにした。
「狭い」
「すまん」
ほんの僅かに触れ合う、二人の足。
そうして、いつの間にか空気は弛緩していって……。
「はい、お待遠様」
すぐさま緊張が蘇った。
見上げれば、三つのカップを手にした玲愛の顔。
そこに貼り付いた満面な笑顔が、逆に恐ろしかったりする。
「コーヒーでよかったんですよね?」
「え、ええ……」
「ごめんなさい。キュリオのより美味しくないと思うんですけど」
「……なぜキュリオ」
「ファミーユのなんて飲んだことないから。でも、あんたの淹れたやつよりはマシだから安心して」
「はいはい、どうせ安い豆ですよ……」
「どうです? そう思いません? 夏海さん」
「…………」
「……んん?」
微妙な緊迫感が、三者――正確には、二者の間を走る。
コーヒーに口をつける段階になって、ようやく仁は、玲愛が放ったセリフの裏に気付いた。
まずい。
いや、コーヒーの味についてではなく。
仁のコーヒーを引き合いに出すということは、玲愛がそれを飲んだということを示すためではないか。
しかも自分は、それを肯定するような発言をしてしまった。
「ち、違うんだ。これはだな……」
何が違うのか自分でも理解しないまま顔を上げると、予想通り里伽子は、不審そうに仁を見つめていた。
さすがは里伽子。
自分などよりも、即座に行間を読んでしまうらしい。
「仁……」
感情抑えた低い声が、名前を呼ぶ。
咄嗟に仁は、玲愛のほうへ話を振った。
「う、うん、言うだけあって、玲愛の淹れたコーヒーは美味いな」
「…………」
「…………」
「やっぱり豆が違うの……かな?」
「…………」
「…………」
「あれ?」
そして、踏んでしまった。
双方の地雷を、それはもう見事に。
「へー、ふーん……」
「そう……」
「それはよかったわねぇ。夏海さんに美味しいコーヒーを飲ませてあげられてうれしい? お茶っ葉が残ってるのに、わざわざコーヒー淹れさせて。さっすが、相手の趣味嗜好まで理解してるってこと?」
「ライバル店のチーフまで呼び捨てにするほど仲良くなってるんだ。よかったわね、仁。女の子の知り合いがたくさんできて。どう? うれしい?」
「鍵も持ってきてくれて、心配までされて。配膳係の私には役目なんて何もなかったようね。余計だったかしら、気遣いなんてするのは」
「鍵がなかったら、部屋まで入れさせてくれるんだ。教えてくれない? どうしたら知り合ってすぐに打ち解けられるの? あたし、あんまり友達いないから」
「…………」
あくまで淡々と、内に秘めた激情は秘めたまま言葉を紡いでいく玲愛と里伽子。
圧倒されながらも、仁は頭の片隅で、『やっぱりこの二人は似てるよなぁ』などと考えていた。
イヤミの言い方なんか、特に。
「何とか言ったらどう? 仁」
「何とか言いなさいよ、仁!」
「……そっか、呼ばれるときも呼び捨てなんだ」
「あー、そのー。お、俺はだな……」
「俺は!?」
「俺は?」
「……何でもないです」
成す術なく、体を縮みこませるだけの仁。
ゴオゴホと病人らしく咳き込んでみても、まったく気にしてはくれない。
やがて、二人の激論は、お互いの店の批判にまで及び始めた。
「だいたいファミーユは……!」
「キュリオには……」
お互いの、と表現すると、里伽子は『あたしはスタッフじゃない』と言うだろうが、それはさておき。
いつしか自分を放って口論し始めた女性陣を刺激しないように、仁はひたすら嵐が過ぎ去るのを待った。
小さな炬燵から、ひっそりと足を抜きながら。
「あんな値段にして卑怯よ。キュリオの価格設定が決まっていることに付け込んで」
「単なる企業戦略。弱みを攻撃するのは、商業の基本だと思うけど」
「味では勝負できないって白状したようなものじゃない」
「ファミーユには、まだブランド性がないから。いずれは軌道修正も考えてる」
「店員の行動は気分次第。公私混同の極みね」
「それは……ファミーユの持ち味だから」
「肝心のブレインは、店員ですらないし」
「…………っ」
「お、おい、玲愛……」
「だいたい、あのケチャップ似顔絵は何なの? お客様が喜んでるからかどうか知らないけど……」
「…………」
「あ……」
「……あ、あれ?」
突然、押し黙ってしまった里伽子に戸惑う玲愛。
疑問符の込められた視線が仁に向けられる。
だから仁は、その問いに答えるしかない。
「あれは、だな……。由飛が考えたものなんだ」
「…………」
「…………」
どうやら、再びの地雷は、玲愛が踏んでしまったらしい。
今回も、双方に影響する地雷を。
「えー……」
気まずい空気が流れる。
先ほどとは違った種類の沈黙が、場を支配する。
三人ともに硬直したまま、どれほど経っただろうか。
不意に、玲愛と里伽子は、口を揃えるように言った。
『帰ったほうがいいんじゃない? 仁』
これが契機……だったのだろう。
「そ、そうだな」
仁は立ち上がり、誰に促されることもなく、里伽子も従った。
「ごちそうさま、花鳥さん」
扉の前に立った里伽子は、いつもの平坦な口調でそう告げる。
玲愛は曖昧な微笑を浮かべ、その言葉に応えた。
「さようなら、夏海さん。……あと、お大事に、仁」
「さようなら」
「……俺はついでかよ」
「うるさい。ほら、行った行った」
「お、おい……。ありがとな、玲愛」
「はいはい」
背中を押され、仁は玲愛の部屋を後にした。
その最中に垣間見えたのは、さっぱりとしたような嬉しいような腹立たしいような、玲愛の複雑な表情。
浮かんだ疑問を払拭する暇もなく、扉が閉ざされる。
凍える廊下へと降り立つ。
「……いろいろとごめんな、里伽子」
「あんたが謝らないで」
「けど……」
「あ、見送りはいいから」
先に外へと出ていた里伽子は、仁の顔を一瞥すると、すたすたと歩き出した。
彼の呼び止める声も聞かずに。
「お大事に、仁」
一瞬だけ振り返った里伽子の横顔にあったのは、玲愛と同じ、複雑な表情。
仁は呆然と立ち尽くす。
わからない。
まったくもってわからない。
「っくしゅん」
首を捻りつつ、盛大なくしゃみを一つ。
深く考えることをやめ、仁は自分の部屋へと戻っていった。
口の中に残ったコーヒーの味と、手の中の鍵を弄びながら。
白い息とともに、小さく呟く。
「何であそこまで仲が悪いんだろうな、あの二人。店が違うからか?」
……後日。
ファミーユにて顔を合わせた里伽子と玲愛は、お互いを名前で呼び合うようになっていたのだが。
それはまた、別のお話……。
END
里伽子と玲愛って意外と似てるのかな~
由飛に対しても、理由は違えど、仁との関係上、重要なポジションであることは同じです。里伽子も玲愛も、今は彼の傍にはいないので。