ペット 空影 -karakage- 忍者ブログ
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2024/05/13 13:02 |
ココロノうちでの 第1-23話 「彼のお泊まり会」


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ココロノうちでの 第1-23話 「彼のお泊まり会」

ココロノうちでの まとめ

「ふぅ、満腹満腹」
 夕食後、十分に胃袋を満たした四人は、優衣の淹れてくれたお茶をすすりながら食休みをしていた。思い思いの格好で、テレビ画面に目を向ける。
 ソファーに寝転がり、だらしなくお腹をさすっているのは和美だ。予定通りと言えばそうなのだが、結局、料理のほとんどを平らげたのは彼女だった。先生たちの中で一番食べるサエとどちらが上なのかなどと、ふと失礼なことを考えてしまう。
「あ、沸いたみたい」
 一時間ほどまったりしていると、壁に備え付けられたパネルが鳴った。優衣が風呂を用意してくれたらしい。
 和美は「後でいい」と身振りで示し、カイも一番風呂を辞退したので、優衣と玲美の二人が先に入ることになった。優衣の部屋に泊まるときは、大抵この師弟コンビで風呂をともにしている。家ではどうなのかと和美に尋ねると、「まぁ、たまにはいっしょに入ることもあるけど」とのことらしい。
 ちなみに、女性陣より入るのが先になっても後になっても、カイが湯船につかったことはなかった。さすがにそこまで朴念仁ではいられない。
「じゃ、いこっか」
「うん」
 嬉しそうな玲美と、彼女の手を引く優衣は廊下を渡っていく。
 二つの背中がバスルームへ消えてから、和美は姿勢をかえてあぐらをかいた。そして、カイに向かって「ありがとね」と一言。とぼけるつもりはなく、本当に心当たりがないので「何が?」と尋ね返すと、「玲美のこと」と答えられる。
「いつだったか、あんたに言ったじゃない、フォローしてくれって。あれからすぐ、うちに来てくれたみたいだし、玲美もここしばらく機嫌がいいから」
 そう言えば、あれから和美と二人きりになる機会はなかった。
「別に大したことはしてないけどな。すれば向こうが勘繰るだろうし」
「それでもさ、あんたから動いてくれないと、こっちじゃ何もできないわけだし」
「姉のくせに」
「あたしがするのとあんたがするのとじゃ大違いなんだから。するしないとか、できるできないの問題じゃなくて。今日だって、お風呂上がりに頼んでくるんじゃない? いつものアレ。あたしじゃなくて、あんたに」
「……そっちの場合は、できるできないの問題だろ。この不器用」
「いいのいいの。あんたに任せたから、いつも通り好きにやっちゃって」
 ヒラヒラと手を振って、和美は再びソファーにダイブする。自分でやるつもりは一切ないらしい。子どものころから今のようなショートヘアばかりで髪に手を加える機会はなく、姉を当てにしていない玲美は、家でも母親に頼んでいるのだそうだ。
「俺がやるのはいいとして、何かリクエストは?」
「うーん……とりあえずカワイイの」
「……聞いたのが間違いだったな」
 それからじっくり三十分以上経って、浴室の扉の開く音が聞こえた。脱衣場で着たのだろう、リビングへ入ってきた玲美の服は、先ほどとは別のものに替わっている。
「お待たせ。次、誰か入る?」
 こちらも別の服に着替えた優衣の言葉に「あ、じゃあ、あたしが」と応えた和美は、自分のバッグを探ってから風呂場へ向かった。彼女のいた位置には入れ替わりに玲美が収まり、優衣から「バスタオルで拭いただけだから」と手渡されたのはドライヤー。これで玲美の髪を乾かしてやれ、ということだろう。
「よろしくお願いしまーす」
 ちょこんと座って、玲美はこちらに背を向けている。優衣がやればいいのでは、という今さらな疑問を持ち出すこともなく、濡れティッシュで手を拭ったカイは、なるべく優しい手つきで髪に触れた。「んふ~」という気持ちよさそうな声を聞きながら、長めの髪に温風を当てていく。ふわっと鼻をくすぐる、シャンプーの甘い匂い。
 何度も同じことをしてきたのでわかっているが、玲美の髪は柔らかくて手触りがいい。指が引っかかることなく、さらりと抜けていく。くせ毛や枝毛も見当たらない。同じ洗髪料を使っていても姉の方は油断するとゴワゴワになってしまうのだから、これはもう髪質の問題だろう。
「お客さん、今日はどうしましょう」
 乾いた後で丁寧にブラシをかけてから、カイは冗談めかして玲美に尋ねた。彼の役目はこれで終わりではなく、むしろここからが本番だ。
「んっとねー……」
 いつだったか、今日のように優衣の部屋にみんなで泊まったときのことだ。
 そのままでは寝にくいからと玲美は就寝前に髪をまとめるのだが、やりづらそうだったのでカイが手伝った際、改めてそのキレイさに気付いた。そこで「髪型替えたりしないのか? 編んだり結んだり」と聞いたところ、横で見ていた和美から「なら、あんたがやってあげれば?」と言われ、優衣からもそうするよう促され、最後には玲美からもお願いされ、そのときはこの一回だけだと思ってやったのに、気が付くと、カイが玲美の髪型をあれこれと替えてあげることがお泊まり会での恒例行事になってしまったのだ。
 玲美によれば、普段から髪型を替えてみたいと思ってはいるものの、学校で目立ってしまうからあまりできないのだそうだ。幼くても、女の子の社会はいろいろと難しい。
 そういうことならば、このときだけの楽しみを提供するのもやぶさかではないし、慣れてくると、人の髪をいじるのは案外おもしろかった。モデルがいいからやりがいもある。当初は二つ結びもロクにできなかったが、女性の扱いには慣れているタクの指南もあり、今では時間をかけながらも様々な髪型ができるようになった。最も、カイの場合、玲美以外にこんなことをする機会は滅多にないのだけれど。
「この前は三つ編みだったっけ」
 髪を乾かす間、人数分の飲み物を用意してくれていた優衣は、キッチンのイスに腰掛けながらこちらを見ていた。和美に比べれば優衣も長めだが、髪型を替えたところは見たことがない。ただ、自分の髪には興味が持てないだけで、カイを含めたこの様子を眺めるのは楽しいらしい。
「そうそう、編み込みができたからいけると思ったんだけどな。髪全体となるとけっこう難しかった……って、俺が未熟なのがいけないんだが」
「えっと……今回も難しそうなので平気?」
 おずおずと、玲美はカイに目を向ける。
「この前も言ったろ? 大丈夫だって。時間かかってもいいなら、だけどな」
「ありがと。……じゃあね、お団子がいい」
「お団子って、あの、頭の上で一つまとめにするやつか?」
 髪型は何となくイメージできるが、作り方は想像できない。
 と、すぐに検索してくれたのか、優衣が携帯電話の画面を見せてくれた。詳細な作り方も載っている。
「んじゃま、やってみますか」
 腕まくりをして、カイは作業に取りかかった。画面に首っ引きで、あーでもないこーでもないと苦心する。いざできてもバランスが悪いと、ほどいて一からやり直し。カラスの行水と呼ばれる和美が風呂から上がっても作業は続いた。
 試行錯誤の末、何とか満足できる状態に仕上がったのは、それから十数分後。
「おぉ、かわいいかわいい」
 玲美の髪はうまくまとまり、丸いボンボンになっている。観客である女性陣が拍手を送ってくれている通り、初めてにしては我ながら上出来だ。長い髪の印象も変わって、当たりの髪型と言っていいだろう。
「カイ兄も、この髪型、いいと思う?」
「あぁ、似合ってるぞ。今日のはまた一段といい」
「そう? よかった」
 玲美のこの笑顔を見られるなら、多少の苦労など安いものだ。
「こっち見て、玲美。ポーズとって……はい、撮るよー」
「あ、次はこっちね。玲美ちゃん、目線目線」
 一つ髪型ができると、年長者による撮影会が始まる。年の離れた末っ子ということもあり、幼いころから両親や姉に撮られまくってきたので、本人もカメラ慣れしていた。写真映えするポーズなどお手の物だ。
 カイも自分の携帯電話をかまえながら、次はどんなものにしようかと思案した。時間的には、もう二つ三つ試せそうだ。
 端から見れば誤解されるような光景に混じって、それにしても、とカイは頭の片隅で考える。果たして、すっかりこのイベントを楽しんでいるのはいいことなのか悪いことなのか。いずれにせよ、ここで何をやってきたかは、とても先生たちに報告できそうにない。

 その後、夜も更け、いつになくテンションの高かった玲美も寝ぼけ眼をこすり始めた。カイに促され、渋々髪をまとめ直して寝床に着く。
 それを見計らったかのようにチャイムが鳴った。
「うぃーっス」
 ふらりとやって来たのはタクだ。「なに、また追い出されたの?」という優衣の問いに、「いや、明日には戻る。ちょっと抜けてきただけ」と平然と答える。
「できれば静かにしてよね。玲美ちゃん、もう寝ちゃったから」
「なんだ残念。まぁ、ちょうどいいっちゃあ、いいんだが」
 そう言って、タクは重そうなビニール袋をどさりとテーブルに置いた。中には色とりどりの缶。「安くゆずってもらったんだ」というその正体は、言うまでもない。
「約束をすっぽかしたお詫びぐらいに思ってくれ」
 やれやれと肩をすくめる三人を尻目に、タクは食器棚から取り出したグラスを手際よく並べていく。その数は四つ。優衣に断って大量の缶や氷を冷蔵庫と冷凍庫に入れているところを見ると、タクにとっての夜はこれからが本番らしい。
 同じような展開は、以前から度々あった。タクが訪れた時点でこうなることは予想していたが、自分だけが断っても妙に思われるだろう。先生たちにはますます報告できそうにないと思いつつ、カイは参加の意思を固める。
「今回は負けねからな。覚悟しとけ」
 全員が着席し、それぞれのグラスに缶から注ぎ終わると、タクは不適な笑みを浮かべてそう宣言した。対戦相手として指名したのは和美だ。どうやら、以前、早々と潰されてしまったのを根に持っているらしい。
「こんなの、勝負すること? やるなら負けるつもりはないけど」
「お、言ったな? 他のやつらも止めるなよ?」
「はいはい。止めない止めない」
「というか、勝てるような策でもあるのか?」
「よくぞ聞いてくれた。今日はな……事前にたらふく飯を食ってきたんだ。空腹で飲むと回るからな」
「……って、それだけ?」
「薬とかドリンク剤に頼ったら、勝っても嬉しくないだろ?」
「何か、この先の展開が読めるような……」
「うっさいわ。とにかく、かんぱ~い」
 タクの合図で、グラスが打ち鳴らされる。軽やかな音とともに花開くのは、苦笑混じりの笑顔が四つ。後ろめたさを感じながらも、カイがこの一日を楽しんでいる自分を抑えられないのも、また事実だった。

 さて、ことの顛末。
 高らかに宣戦布告したタクではあったが、和美の前では無謀な挑戦だった。和美はいくら飲んでも「水みたいなもんでしょ」とケロッとしていたし、優衣はつまみを作りつつ自分のペースを守り、カイも翌日に残さないようにちびちび飲み進めていたので、結局、己の限界を見極めずに突っ走っていたのはタクだけだった。止めるなと言ったので本当に放っておいたら、グラスを片手に持ったまま、テーブルに突っ伏してぐぅぐぅといびきをかく始末。当然、そこから引っぺがして寝床――男性陣はリビングに雑魚寝だ――につかせるのはカイの役目だ。
 翌朝、タクは目が覚めてもフラフラだった。それでも戻らないといけないらしく、「駅まで送っていこうか」という優衣の進言を断って、一人で部屋を去っていく。しばらくして無事に着いた旨のメールが届いたところを見ると、一応大丈夫だったらしい。
「え、タク兄、来てたの?」
 これは、タクの来訪を聞いた玲美の反応。彼女が眠っている間にいなくなったのだから無理もない。先の連絡と同時に「今度は起きてるときに来るから」とフォローのメールを玲美に送ってきたところが、タクのタクらしいところではあった。
「何しに来たんだ、あいつは」
 思わず漏れたカイの一言が、一泊二日の総括になってしまった感じがするのが空しい。
「とりあえず、朝ご飯食べる?」
「……そうだな」
「卵、いくつがいい?」
「俺は二つで頼む」
「あたしも」
「わたしは一つで。あ、手伝うことある?」
「ありがと。じゃあ……」
 何はともあれ、お泊まり会は平穏に終わっていくのだった。

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2013/05/21 21:11 | Comments(0) | Original

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