ペット 空影 -karakage- 忍者ブログ
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2024/05/14 02:42 |
ココロノうちでの 第1-22話 「彼のお食事会」

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ココロノうちでの 第1-22話 「彼のお食事会」

ココロノうちでの まとめ

 その日の夕方。
 時期的にはすでに遅いものもあるらしく、サエが用意していた苗の植え付けを急ピッチで手伝ったカイは、粗方目処が経ってから自宅を出発した。電車を降りて駅から歩き、マンションの入り口で、すっかり記憶している部屋番号を入力する。
「はーい」
 応対した声は、家人のものではなかった。開いた扉を潜ってエレベーターに乗り、目的のドアにたどり着くと、恭しくチャイムを鳴らす。
 中から現れたのは、先ほどの声の主――玲美。
「いらっしゃい、カイ兄」
 にこにことご機嫌な彼女は、両手でカイの腕を取って部屋へ招き入れた。今日は同い年の友人がいないので、いつもより甘えん坊気味だ。
「あ、いらっしゃい」
 玲美に引かれて短い廊下を進むと、家主である優衣が出迎えてくれた。ここは、以前も訪れた彼女のマンションだ。
 エプロン姿の優衣はキッチンで料理作りに勤しんでいる。自宅から持ってきたのか、玲美も着けているところを見ると、優衣の手伝いをしているのだろう。
 優衣に頼まれていたペットボトルの飲み物を差し出し、カイはバッグを下ろす。「ありがとう。後でまとめて精算するから」という彼女の声を聞きながらリビングへ。ゲーム機が接続されているテレビの前には、先客があぐらをかいて座っていた。
「遅かったね」
 振り向きつつ、その人物――和美はカイを見上げる。妹とは違ってエプロンは着けておらず、手伝うつもりはなさそうだが、自分もそうなのだからあえて触れはしない。料理の実力から言っても、あの二人に任せた方がいい。
「どうしたの? 座れば?」
「……あ、あぁ」
 リンにあんな説明をしたからだろう、和美の顔を見て昔の記憶が蘇ってしまう。あのころは、まさか十年以上も付き合いが続くとは思っていなかった。
「そんなに遅かったか? 早めに出たつもりだったんだが」
「まぁ、これぐらいの時間に来るって聞いてはいたんだけど、途中から玲美がしつこくてさ。『いつ来るの、いつ来るの』って。」
「催促の連絡は来なかったけどな」
「うるさいって思われるのもイヤなんじゃない? ビミョーな女心ってやつで」
 隣に腰を下ろしたカイに、和美はもう一つのコントローラー――時々ここへ厄介になる居候が、どこかから調達してきたものだ――を手渡す。「ゲームに付き合え」という意味だろう。そのくらいは言葉にせずともわかる。
「紅茶と炭酸、どっち開ける? 両方とも温くはなってないけど」
「炭酸ー」
「俺も開いたほうでいい」
 声をかけてきたのは優衣だったが、グラスに飲み物を注ぎ、お盆に乗せて運んできたのは玲美だった。小さな体で、恐る恐る持ってきてくれる。
 彼女にお礼を言い、グラスを傾けながらも、部屋の中にいるべきはずの人間が一人いないことが気にかかる。そう言えば、玄関に靴も見当たらなかった。数日前から、毎度の事情でこの部屋に寝泊まりしていると聞いていたのだが。
 事情を知っているであろう優衣に尋ねると、彼女はあっさりと、
「お昼ごろまではいたんだけどね。まーた呼び出しもらったみたいで」
 ということは、タクはいないのか。他の女性といるときを除いて、呼び出しを断ってしまうとやつにとっては死活問題になるので、自分たちより相手を優先させたことについてどうこう言うつもりはない。ちなみに、タクは生活能力のない同年代や年下の女性に対しては実に紳士的なので、玲美に近づけても害はなかった。
 一人欠けたとなると、本日のメンバーはこれで全員になる。先日お好み焼き屋に集まった三人プラス小学生の女の子が一人。端から見た奇妙さは増しているかもしれないが、やはり本人たちはさほど違和感を抱いていない。
「ま、気が向いたら来るでしょ。それより間宮くん、お腹は? 空いてるようなら、ご飯早めにするけど」
「いや、予定してた時間通りでいい。ゆっくり作ってくれ」
 ケーキ作りの後、買い物から帰宅したミナの昼食を食べてきたので、胃袋はある程度満たされている。休みの日でも三食しっかりととっているのだから、食生活で言えば同居を始めてから劇的に改善していると言えるだろう。
 そのケーキだが、まだ食べごろではないため自宅の冷蔵庫に入ったままだ。ここに持ってきてもよかったのだが、崩れてしまいそうなのでやめておいた。明日、お昼頃には帰る予定だから、その後で先生たちと食べてもいいだろう。
 彼女たちには、泊まりになるだろうと予め伝えてある。もちろん、ややこしくなるので相手は伏せて。幸い、高校生が友人の家――その言葉にウソはない――に泊まりにいくという行為は、先生たちにとって目くじらを立てるものではなかったらしい。表だって反対されることも、相手や場所について問い質されることもなかった。
「えー、あたしはお腹空いてきたけど」
「はいはい、じゃあちょっと早めにね」
 こうした集まりは、食事会同様、時々行われている。和美と玲美は実家住まいだし、タクは根無し草、カイの家は、離れだけではさすがに狭く、母屋も先生たちと同居する以前はとても女性陣を寝泊まりさせられるような場所ではなかったため、会場となるのは大抵優衣の部屋だ。いつ誰が言い出してこんなイベントが始まったのか――おそらく、タクがここにいるときにカイが呼ばれたのが始まりだろうが、次第に人数が増えても、ホストである優衣は快く場所を提供してくれている。
 カイもその好意に甘えて、この場にいることがすっかり当たり前になってしまった。同級生の女子の家に泊まりに行って、しかも他のメンツは女性ばかりという状況は、とても他人には言えないだろう。ただ、こうした環境が事前にあったからこそ、女性四人と同居を初めても何とかやっていけているのかもしれないが。
「ちょっと、何か前よりヘタになってない? このソフト持ってなかったっけ」
「悪かったな。しばらくゲーム機自体に触ってないんだよ」
「お金がなくなってゲーム断ち? それとも、本体が壊れた?」
「……まぁ、いろいろと事情があってな」
 夕飯が出来上がるまで、カイは和美とゲームに興じることにした。考えてみれば、お互いの家を行き来することはほとんどなくなっているのだから、こうした機会でもなければ彼女と肩を並べて遊ぶこともない。隣の和美もそうした感慨を抱いているのかもしれないし、遊び相手なら誰でもいいと思っているのかもしれない。
「あ、ほら、また! ったく、もー」
「つまらないようなら、俺は見てるだけでもいいんだが」
「……別に、そこまでじゃないんだけどさ」
 ふてくされながらも、和美はカイがいることを、よしとしてくれたようだ。。

「はーい、ご飯できたよー」
 しばらくして優衣から声がかかり、二人は席へついた。エプロンを外した優衣と玲美も着席し、「お疲れ様」とカイはねぎらいの言葉をかける。
 長方形のテーブルには、「こういうときでもないと使わないから」と持ち主が言う種々の皿と、それに盛られた料理が並んでいた。本日のメニューはカルボナーラとペペロンチーノに鶏肉の香草パン粉焼き、具だくさんのミネストローネとサラダ。
 字面だけを見ればささやかなホームパーティーらしく気取ったものに思えるが、育ち盛りの胃袋を持った人間が数名いるので、実物はお洒落っぽさからはかけ離れていた。スパゲティは個別に分けられておらず皿に山盛り、鶏肉とサラダも大量で、スープも鍋に並々とお代わりが待機している。「タクの分は?」と尋ねると「材料だけ別にしてある」という答えだったから、これが四人分なのだろう。
「いただきます」
 アルコールというわけにはいかないので、せめて気分だけでもと各人のグラスにシャンメリーを注ぎ、チンと軽やかな音を鳴らした。甘い炭酸飲料でノドを潤し、女性陣にパスタを取り分けてからフォークを手に取る。優衣の腕は疑いようがなく、今日の料理も美味しいのだろうと期待しつつ食べ始めようとしたが、
「……ど、どうしたの? 食べないの?」
 じーっと熱い視線が注がれているのを感じて顔を上げると、玲美の目とぶつかった。この眼差しには覚えがある。初日にミナがしていたのと同じものだ。
 集まりに参加するようになった当初はまだまだ玲美も未熟で、料理の手伝いと言っても精々野菜を洗うこととピーラー、盛りつけ程度だったが、師匠である優衣の教え方がよかったのか、あるは本人の向上心の賜物なのか、今では優衣の監督下という条件で一品を任せられるほどになっている。要するにこの献立の中に玲美が担当したものがあって、彼女はカイの感想を聞こうと固唾を呑んでいるのだ。
 それはわかったものの、どれが玲美謹製なのかまでは見分けがつかない。早速がっついて「美味しー」を連呼している和美は当てにならないとして、雰囲気を察したのか、優衣がくれる目配せを頼りにようやくミネストローネだと判断する。
 スプーンですくって、一口。
「……美味い」
「お世辞じゃないよね?」
「違うって。そんなことしたら玲美が傷付くのは知ってるからな」
「……よかった」
 同じようなやり取りをつい先日もした気がすると思いながら、正直なところ、玲美の上達ぶりに感心していた。家でも母親に見てもらいながら練習しているらしいが、初めのうちの、包丁を使うだけで大騒ぎしていたころがウソのようだ。彼女によれば、いつか母親の代わりに自宅でも料理を作るのが目標らしい。
「量が多いから、ユイ姉に食材切るのは手伝ってもらって……でも、味付けは任せてくれたんだ。って言っても、レシピは見ながらになっちゃうけど」
「いや、それでも立派だ。ここまで作れるんだから」
「……うん。ありがと」
 その様子を眺めていた優衣は、微笑をカイに向けながら、
「玲美ちゃんがエラいのはわかるけど、あたしも頑張って作ったんだけどなぁ」
「あ、悪い悪い。でも、そっちのは食べる前から美味いのはわかってるし。……うん、実際食べてみても、やっぱり美味い」
「それはどうも、恐悦至極。……なんてね」
「ねぇ、こっちのスパゲティ、もっと取っちゃっていい?」
「お姉ちゃん、もうちょっと上品に食べようよ」
「俺が取るよ。そっちに任せたら根こそぎ持ってかれそうだからな」
「和美はどう? お口に合った?」
「何度も『美味い美味い』言ってるから大丈夫だろ」
「あ、玲美のもちゃんと美味しいよ? 最初のころとは大違い。味見したけど自信がないからって、あたしが毒味役にされててさぁ、」
「……その話はもういいってば」
 なごやかに話の花を咲かせつつ、食事会は進んでいく。
 夜は始まったばかり。お泊まり会も、まだまだこれからだ。

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2013/04/29 10:40 | Comments(0) | Original

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