ペット 空影 -karakage- 忍者ブログ
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2024/05/20 03:59 |
ココロノうちでの 第1-21話 「彼女の口調」

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ココロノうちでの 第1-21話 「彼女の口調」

ココロノうちでの まとめ

 ケーキ作りが一段落しても、カイとリンの二人はキッチンに留まっていた。ゆっくりと回るケーキ型を見つめたまま、それとなくお互いの様子を伺っている。
 背もたれのないイスに座り直しながら、カイの頭の中では、先ほどのリンの言葉が思い出されていた。ぶっきらぼうに漏れた、「聞かないんじゃな」という呟き。
 あのとき、リンは自分に聞いてほしかったのかもしれない。ケーキのことではなく、別のことを。それが何かはわからないけれど、だから今もこの場に留まっているのではないだろうか。いつか聞いたタクのアドバイスも、忘れてはいない。
「あの、リン先生」
 気が付くと、カイはリンに話しかけていた。
「もしかしたら……何ですけど、俺に話したいことがあるんじゃないですか?」
「…………」
「……違いましたか?」
 リンはオーブンに目を向けたまま、こちらを見ようとしない。
 見当外れのことを言ってしまったのだろうか。後悔の気持ちがこみ上げ、自分の発言をなかったことにしようと思ったところで、彼女は小さくため息をついた。
 こちらに視線が投げかけられ、躊躇いがちに口が開かれる。
「妙だとは思わないのか?」
「……妙?」
「わしのこの口調じゃ」
 指摘されるまでもなく、少々独特だと気付いてはいた。平常時では聞いたことがなかったから、子どもの姿になったとき特有のものだということも。
「そりゃ……まぁ、いつもと違うなぁとは思ってましたけど」
「けど?」
「本人が説明しないなら、こっちからは聞かない方がいいと思って」
 カイの答えに、リンは自分に言い聞かせるように一言だけ発した。小さかったのでよく聞き取れなかったが、おそらく「なるほどな」だろう。
「この姿になると、思考や言動が子どもっぽくなる……というより、自分が子どもだったときのそれに戻るということは聞いておるか?」
「はい。……ということは、その口調も?」
「そういうことじゃ」
 落ち着いた口調で、リンは説明をしてくれた。
  一族の人間の多くは、ある程度年齢を重ねると、老いから遠ざかるべく日頃から子どもの姿でいるようになるらしい。女性ということもあり、老人でいるよりは いいということだろう。ただ、その状態が自然になってしまうと自分たちの本当の年すら忘れる恐れもあるので、わざと年寄りめいた口調を使うようにしている そうだ。
 この傾向は一族の中枢にいる女性たち――オババ様にも見られるのだが、リンは本家の血筋に近いことから、幼少時より彼女たちと接する機 会が多かった。要するに、同年代に比べてこの独特の口調に触れる回数が多く、そのため、知らずに影響されたのか自らマネをしようとしたのか、いつしか口調 が移ってしまったという。
 その後、自分が特殊な喋り方をしていることに気付き、苦労して矯正したらしい。、ただ、子どもの姿になると当時のクセが蘇ってしまうのだそうだ。
「……なるほど。そういうことだったんですね」
「今でも直そうとは思ってるんじゃがな。どうにもうまくいかん」
「まぁ、無理はしなくていいんじゃないですか? 普段はクセが抜けてるんですから。知らない人間の前で子どもの姿になることはないでしょうし」
「……それだけか?」
「え?」
 リンは、子どもの姿ながらも、こちらをたじろがせる目つきで、
「これで納得したのか? おかしいと思うのなら笑ってもいいんじゃぞ?」
「いや、リン先生が言うなら、その通りでしょうし……。笑ったりもしませんよ」
 彼女は自分のしたかった話をしたはずだ。しかし、リンの表情は険しかった。腕組みをして、不機嫌なオーラを身にまとっている。
 おそらく、カイがあっさりと自分の説明を聞き入れたことを、かえって不審がっているのだろう。深く考えないまま、その場しのぎで調子よく合わせているだけだと思われているのかもしれない。
 カイとしては決してそのようなことはなく、納得するだけの理由もあった。どうやらこの様子だと、その訳を説明しないと不満を取り下げてはくれなさそうだ。了解を取らずに暴露することになるので、一応、心の中で先方に謝罪してから話し始める。
「えー と……小さいころ、よくいっしょに遊んでたやつがいまして。やつって言っても女子なんですけど。その当時、この近くに住んでるのが男ばっかりで、けど、子 どものときってあんまり抵抗がなかったみたいなんですよね。俺たちも、別におかしなことだとは思ってませんでしたし。で、男の中に女一人が混じって遊んで るうちに、こっちの口調が移っちゃったんですよ。いつの間にか一人称が『俺』になってて。あっちの母親は気にしてたんですけど、本人はなかなか直そうとし なかったんです」
 当時は今以上に外見が女子っぽくなく、スカートなんてそれらしい格好をしていたこともないから、女の子が混じっているとは気付かれなかっただろう。だからこそ、自分たちも彼女を仲間として受け入れられたとも言えるのだが。
「ただ、大きくなって周りに女の子が増えてくると、このままじゃマズいって自覚が芽生えたんでしょうね。頑張って直してました」
「……直ったのか?」
「苦 労してましたよ。気を抜くとすぐに戻っちゃったりして。恥ずかしい思いをしそうになったときは、『元はと言えばあんたたちが悪いんだ』なんて逆ギレもされ ましたし。だから……その、もちろん単純に比べられないとは思いますけど、周りの状況に口調が影響されることもあるっていうのは、わかってるつもりです」
 腕組みをしたまま、リンは無言でカイを見つめている。姿勢は変わっていないが、その表情は先ほどまでと比べれば幾分柔らかくなっていた。不信感は拭いきれないまでも、ひとまず警戒レベルは下げてくれたらしい。
 カイがほっとしていると、ややあって、リンは尋ねてきた。
「その相手に、ケーキを作ってやるつもりなのか?」
「え?」
「女子なんじゃろ?」
 突然だったので彼は戸惑いつつ、
「いえ、作る相手はその妹です。小学生で、そっちも昔からの馴染みなんですよ」
「この近くに住んでいると言ったな」
「ええ」
「姉の方は同級生か?」
「はい。実は、学校も同じで……」
「ひょっとして、比良坂か?」
「知ってるんですか?」
「わしの部の部員じゃ」
「あれ、そうでしたっけ」
 和美の所属部は知っていても、顧問までは把握していない。そちらのツテから自分の余計な情報が流れないか気にはなるが、和美に釘を刺すわけにはいかないだろう。
 そんなことを考えていたため、次の不意打ちには反応が遅れてしまった。
「ユウには食べさせないのか?」
「……え?」
 リンはオーブンに向き直っているので、その表情は伺えない。
「いや、あの人は甘いものはそこまで好きじゃありませんから。目の前に出されてそこそこお腹が空いてればとりあえず食べますけど、好き好んでってほどじゃ……って、俺から説明しなくても、リン先生の方が詳しいですよね?」
「…………」
「というか、何でここでユウ先生が出てくるのか……」
 そう聞いたとき、ちょうどオーブンが音を鳴らした。焼き上がりのサインだ。
 リンはイスを動かすと、その上に乗ってオーブンを開けた。ケーキを取り出し、ふっくらと型からはみ出るほど膨らんでいるのを見て、満足そうに頷く。
「ほら、カイも見てみろ。なかなかの出来じゃぞ」
「え、えぇ」
「竹串を刺しても大丈夫そうじゃな。しばらく冷ましたら完成じゃ」
 言いながら、型ごと逆さまに固定して冷まし始める。
「無事に終わったみたいじゃな。何か言うことは?」
「……ありがとうございました」
「うむ。まぁ、味はまだ確かめられないがな」
 これで、短いようで長かったケーキ作りはお仕舞いだ。
 昼食の時間も迫っており、もやもやした気分を振り切ると、カイは片付けを始めた。そこまでしてもらっては悪いからとリンの手伝いは断ったのだが、彼女はイスに座ってその場に留まっている。背中に視線を感じるのは、気のせいではあるまい。
 終わるのを待っていたのだろうか。しばらくして、リンはぽつりと言った。
「正直に言うとな、」
 その声に振り返ると、彼女は照れた様子で、
「よかったと思ってるのじゃ」
「ケーキが失敗しなかったことですか?」
「そ れもあるが……この姿と口調のことじゃ。何しろ、これまで一族の関係者以外に知られることはなかったからな。今日は、思い切ってこの姿になってみた。小さ くなるところを見られたくないというのも本当だがな。けれど、この姿を見ても、口調についての事情を説明しても、お前はちゃんと受け入れてくれたという か、あー……少なくとも拒絶はしなかった。だから、少しは……ほんの少しじゃがな、嬉しいと思ってるんじゃ」
「……なら、よかったです」
 カイの言葉に、彼女は今日初めての笑みを見せてくれる。
「そのお返しというわけではないが……何か困ったことがあったときは頼ってもいいんじゃぞ? ケーキ作りをまた見てほしいというのでもいいし、それ以外のことでもいい。今はこんなナリじゃが、わしは年上で教師なんじゃからな」
「はい。そのときはよろしくお願いします」
 腕組みを解いて座っているリンに、カイも微笑を返す。
 そのとき、ふと考えた。
  リンとこうして二人きりにならなければ、彼女がこの姿になることはなく、先ほどのような話も聞けなかったはずだ。そもそものきっかけを作ったのはユウで、 ユウはこの展開になることを――どれほどの確信があったのかはともかくとして――予測していたのかもしれない。彼女がそうした理由は、一族から課せられた 役割のためと、きっと、以前聞いた「優しくしてやってくれ」という言葉が真実だったから。
 自分は、リンに優しくできただろうか。
 そうであればいいと、カイは思う。
「…………(意外な組み合わせにちょっと驚いている)」
 と、とたとたと小さな足音が聞こえ、居間から入ってきたのはサエだった。例のごとく子どもの姿で、庭いじりのせいか、所々土で汚れている。
「そんな格好で入ってくるんじゃない。外の水道で洗ってくるのじゃ」
 リンはそう注意するが、部屋を満たす甘い匂いに気付いたのだろう、「何か美味しいものが出来上がるのかもしれない」と、サエはそれを待とうと着席しようとしていた。実際は、冷まし切るまでケーキは食べられないのだが。
 食欲に意識が向いたサエを声だけで制するのは無理だと悟ったのか、焦れた様子のリンはイスから下りようとした。が、やはり今の姿に大人用のエプロンは大きく、緊張が緩んでいたこともあり、裾を踏んでイスから転げ落ちそうになる。
「おっと」
 幸い、リンの方を向いていたカイは即座に反応することができた。お腹の辺りに腕を通し、小さな体を空中で抱き留める。「大丈夫ですか?」とカイは問いかけたものの、リンはそれに答えず、彼の腕の中で小さく呟いた。
「……やっぱり、この姿になっておいて正解じゃったな」

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2013/04/15 23:23 | Comments(0) | Original

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