ペット 空影 -karakage- 忍者ブログ
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2024/05/20 02:41 |
ココロノうちでの 第1-20話 「彼女の提案」

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ココロノうちでの 第1-20話 「彼女の提案」

ココロノうちでの まとめ

 次の日の夜。
 いつものように五人での夕食が終わり、片付けを始めたミナに、カイは話しかけようとした。と、その肩を人差し指だけでつつく人物がいる。
 リンだ。無言のまま、部屋の外を指し示している。
 片付けを手伝っているサエと、お茶をすすりながらテレビに目を向けているユウを残して、二人で屋外へ。いつぞやの場所――母屋から少し離れた庭に足を向ける。
 立ち止まったリンは、なぜかふてくされたような顔で腕組みをした。思わず身構えるカイに、「ユウから聞いたんだけど、」と前置きしてから、
「どうせミナに頼もうとしたんでしょ?」
 脈絡のない言葉に戸惑ってしまう。リンはこちらの返答を待っており、少ない手がかりから何の話題か見当をつけようとすると、昨晩のことが思い当たった。
「もしかして、お菓子作りのことですか?」
 リンは頷く。先ほども、その件でミナに話しかけようとしたのだ。リンはユウから聞いたそうだが、ユウはミナには知らせていないらしい。
「ミナだけじゃなくて、私だってできるって聞いたでしょ?」
「えぇ、まぁ」
「なのに、ミナに頼もうとした。私じゃなくて」
「…………」
「私には頼みづらかった?」
「……すみません。正直に言うと」
「そうよね。あ、別に怒ってるんじゃないのよ? あんたの気持ちもわかるから」
 挑むような目で言われても、あまり説得力はない。
「で、お菓子作りを誰かに教えてもらいたいって話だけど、」
「はい」
「その、だから、あんたがお願いするようなら……」
「え、リン先生が教えてくれるんですか?」
「先に言うな。……まぁ、そういうことよ」
 意外な申し出だった。リンに持ちかけても、はっきりと断られないまでも嫌な顔はされると思ったので、ミナに頼もうとしたのだ。打ち解けていないという点ではミナもリンも大差はなかったが、これまでの接点ではミナに軍配が上がる。
 ただ、リンが教えてくれるというのは有り難い話だった。以前、彼女の作ってくれた料理もミナに劣らず美味しかったし、リンもまた、サエにねだられてしばしばお菓子を作っていたらしいので、腕は確かだろう。
「驚いてる? 私からこんなこと言い出して」
「そりゃあ、まぁ、」
「……その、ちょっとの間だけど、これまで見てきて、あんたが悪い人間じゃないことはわかったから。あくまで、悪くはないってだけだけどね。だから、あんたが助けを求めてるようなら、少しくらい力になってあげようと思って」
 早口でそう言うと、「あと、」とリンは付け足して、
「私にとっても、異性に慣れる訓練になるしね。一族でもしてきたけど、それでもやっぱり、油断してあぁいうことになっちゃったから、今こうしてるわけだし。私にだって得する部分があるなら、あんたも頼みやすいでしょ?」」
 確かに、忙しい先生たちの時間を割いてもらう心苦しさも、自分も相手の助けになるのだとしたら、多少は頼みやすくなる。どこまで助けになることができるかはわからなかったが、自分を慮ってくれるリンの心遣いは嬉しかった。
「で、どうするの?」
「リン先生がいいなら、よろしくお願いします」
「そ」
 ふぅ、とリンは息をつき、
「いつからにする? ケーキとかを作るなら、けっこう時間がかかると思うけど」
「俺はいつでもいいです。先生の都合に合わせてください」
「じゃあ、今週末にでも」
 約束をし、リンとはそこで別れた。
 その足で離れへ行くと、しばらくしてユウがやって来る。元をたどれば彼女の手引きでもたらされた事態なので、お礼の一つでも言っておこうと思ったのだが、ユウはゲーム画面に注視したままこちらに顔を向けようとしない。
 結局、お礼を言えたのは翌日だったのだが、返ってきたのは、
「よかったな」
 という、何ともそっけない返事だった。

 その週の休日。
 夜中に降った雨も上がり、溜まっていた洗濯物を自分用の物干し台――先生たちのものは離れた場所にある――に干し終えたカイは、朝食の片付けが済んだキッチンでリンを待っていた。こちらとしては、時間を取らせないよう完成品を食べてもらって品評してくれるだけでもいいと思っていたのだが、それでは教えづらいし、自分の訓練にもならないというリンの意見により、作り始めから立ち会ってもらうことになったのだ。
 ミナとユウは駅前へ買い物に行っており、サエは庭で菜園作りに勤しんでいる。必然的に二人きりになるわけだが、意識してしまうのは向こうも同じだろう。なるべく自然な振る舞いを心がけようと、カイはエプロンをつけながら考えていた。
 ところが、
「……何ですか、その格好」
 程なく、リンが入ってきた。手に持っているのは、貸してくれると言っていたレシピ本や、ハンドミキサーなどの器具だろう。それはわかる。
 問題は、その姿だ。
「お菓子作りを見てくれるんでしたよね?」
「そうじゃ」
「男に慣れる訓練も兼ねてるんですよね?」
「そうじゃ」
「……その格好で訓練になるんですか?」
 なぜか、彼女は子どもの姿になっていた。
 子ども服を着ているところからすると、どうやら自分からこの姿になったらしい。自然な振る舞いも何も、これでは端から不自然だろう。
 彼女によれば、サエほどの数は持っていないが、もしものときのために服は用意しているそうだ。さすがにエプロンまでは体に合うサイズがないのか、大人用のものをでろんと前に垂らしている格好は、言葉にはしないが可愛らしかった。
 そう言えば、先ほど例の音が聞こえた気がしたが、あれはこのためだったのか。
「はっきり言って、自信がないのじゃ」
 イスを移動させてその上に乗った彼女は、渋い顔でカイを見上げた。
「気を抜くと、いつ小さくなるかわからん。ならば、初めから小さくなっておった方がいいと思ってな。まずはこの姿で、徐々に慣れていくつもりじゃ。幸か不幸か、お前には何度か小さくなったところを見られておるしな」
 ギロリと視線を険しくした彼女は、「それとも、何か?」と続ける。
「元の姿から小さくして、わしのあられもない姿を見たいというのか?」
 そう言われては反論しようがない。この状態でも教える分には問題ないというので、とりあえず、カイはお菓子作りを始めることにした。
 さて、本日の内容だが、せっかくなので今までに作ったことのないものにチャレンジしたい。相談の末、シフォンケーキから始めることになった。パウンドケーキなら作ったことがあるが、これに挑戦するのは初めてだ。
 両者がお互いに礼をして、ケーキ作りが始まる。
 まずは材料から。お菓子作りは分量をきちっとレシピ通りにするのが大切なため、これもリンから借りた電子はかりで誤差なく計っていく。
 砂糖、薄力粉と計り終え、お次は卵の用意だ。白身と黄身を分けなければならないのだが、慣れないうちはこれがなかなか難しい。何かアドバイスはもらえないかとリンの方を伺うと、ちょうどこちらを見ていた彼女の視線とぶつかった。
 目を逸らして、ぽつりと彼女は呟く。
「聞かないんじゃな」
「あ、いま聞こうとしてたんですよ。コツとかあります?」
 カイが尋ねると、リンは何かを言いかけてすぐに口を引き結んだ。苦々しげな表情を浮かべたが、間を置かずに言葉を紡いでいく。
「……卵の殻を使ってするなら、白身を分けようとするのではなく、黄身をそれぞれの殻に渡すようにすることじゃな。あくまでわしの感覚ではあるが」
「黄身を……こんな感じですか?」
「そうじゃ。失敗を恐れずにすることだな。卵はまだあるし、黄身と白身が混ざったものは他の料理に使ってしまえばいいんじゃから」
 彼女の助言に従って、何とか卵を分離させることができた。難しそうと敬遠していたメレンゲ作りも、リンが見ていてくれたことによって上々の出来になる。やはり、本などを参考にするよりも、経験者がそばで監督している方が心強い。
 思わず脱力していると、まだ気は抜けないと怒られてしまった。お次は、メレンゲをつぶさないよう、振るった薄力粉や卵黄などの材料と丁寧にゴムベラで混ぜ、専用のケーキ型へ流し込む。表面を軽く慣らしてから、温めておいたオーブンレンジに入れて時間をセット。ここまで来て、ようやく一息つくことができた。
「ありがとうございました。特にミスもなかったみたいですし」
「礼を言うのはまだ早いな。出来上がってからにすることじゃ」
 焼き上がるまではしばらくかかる。手早く片付けを済ませ、後は放っておけばいいのだからその場を離れてもよかったのだが、カイもリンも、イスに腰掛けたまま立ち上がろうとしない。何となく、退室する機会を失ってしまっていた。
 キッチンには、オーブンの「ブーン」という低い音が響いている。

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2013/03/13 18:05 | Comments(0) | Original

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